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十四話 めでたしめでたしの先へ行く方法3

「あんた、あの魔女の挨拶を知ってるってことは、ミロスラヴァのも飲んだんだろ?」

「はい」


 ジョルジョは、まっすぐに前を向いたままで答えた。


「その、お渡しした呪文書をもらう前に」

「どんな茶だった?」


 にやにやと笑みを浮かべながら、魔女は問うた。


「……申し上げることは、礼儀に反しませんか?」

「同じ魔女ならね。あたしゃこの国の魔女なら全員知ってるよ」


 ジョルジョは、まったく態度を崩さないまま口を開いた。


「ほぼ酒でした。火酒を温めて、その中に茶を匙に五杯入れたものでした」


 それを聞いた瞬間、魔女は大口を開けて笑いはじめた。


「ひゃはははは! あの子にとって茶は薬で、売り物だからね。それで試しはやらないってことか! 酒ならいいってのが、あの子らしいよ。あーおかしい!」


 さんざん腹を抱え、楽しげに笑ったあとで、魔女はよほど機嫌がよくなったのか、自分でも茶を飲みながらジョルジョに問いかけた。


「で、何が聞きたかったんだい?」


 魔女にそう問われ、ジョルジョは一端口を閉じたあとに、静かに頭を下げた。


「その前に、こちらにいるトッリアーニ家のイーヴォを、共に話に参加するお許しをいただけますか」

「構わないよ。トッリアーニの坊や、お前さんだろう? この呪いを纏っていた子は」


 指につまんだ先ほどの水晶玉を弄びながら頷いた魔女に感謝を述べ、ようやくジョルジョは苦笑しながらイーヴォに詫びた。


「イーヴォ。待たせてすまなかった」

「すみません……何がなにやら、わからないままでした」

「今までのは、魔女に仕事を頼む場合の礼儀作法だ。魔女の望むものを持っていって、それを気に入ってくれたら、魔女は茶を出して客を歓迎する。飲み干せば、契約は成立。そして、客がどんなに望んでいても、魔女の茶に口をつけて飲みきれなければ、契約は成り立たず、その時点で話も聞いてもらえなくなる」

「あんたの爺さんもね、ちゃんと礼儀を守ってくれりゃあ、呪いなんかすぐになくなったんだよ」


 その魔女の言葉に、ジョルジョもイーヴォも息を呑む。


「人の住んでる場所に押しかけて、金払えだの、ただ働きしろだの。それよりまずは筋を通さんかね? それを通すことなく金金金。挙げ句あのジジイ、わたしの呪いを、その金で追い払おうとした」

「では、このミロスラヴァの呪文を使う以外で、どうすれば、この種は取れたのでしょうか」


「持ってくりゃよかったんだよ、わたしが気に入る土産を。こちらの望みは、あのジジイの詫びだ。それで茶を渡して、飲めば許したさ。茶を噴けば、指さして笑って、それで終わりだ。それが魔女ってもんなんだから! それなのにあのジジイ、死ぬまで一度も、一言も、詫びなかったんだよ! 挙げ句わたしの呪いを、その金を叩きつけてなんとかしようとした!」


 これ以上ないほどの魔女の立腹に、ジョルジョは一言も言えなかった。

 イーヴォはイーヴォで、自身の苦労の時間が、どこから始まっているのかを叩きつけられ、絶句している。

 謝罪ひとつで、この魔女は、呪いの種を取るつもりだったのだ。だからこそ、自身だけが簡単に取り除けるという、種の形にしたのだ。

 引き延ばしたのは、トッリアーニ側で、無駄に足掻いていたのも、ただの矜恃のためだった。

 そう言われたも同然だった。


 絶句したまま、呆然としているイーヴォに視線を向け、慰めるように背中を撫でれば、その表情はくしゃりとゆがんだ。

 涙をこぼしていないだけ、よかっただろう。

 だが、イーヴォは、そこから顔を上げると、改めて魔女を見据え、みずから頭を下げた。


「……祖父の行為について、謝罪いたします」

「謝罪なんかいらないよ。芽吹いたあとじゃ、わたしにゃどうしようもないからね」

「そうなのですか?」

「そうだよ。ミロスラヴァは巻き戻したけれど、わたしにゃ育てるしかできないからね」


 その言葉に、ジョルジョがようやくはっと気付いた。


「……育つと、どうなるのでしょうか?」

「子をなせば、世代が移って、今までの呪いはなくなり、新しい呪いが引き継がれるが、そうじゃなきゃいつかは呪いは枯れる」

「枯れる……?」

「その呪いは、感情を食ってるからね。何も欲を持たず、何も望まないようなやつだと、呪いは枯れるよ。そうすりゃ元に戻る。だが、貴族の家でそりゃ難しい話だろ? だからこそ、わたしゃその呪いを選んだのさ」


 うまくできている。ジョルジョやイーヴォも、それを納得して唸るしかなかった。

 そしておそらくは、イーヴォも、ひとり生き残り、そうなる寸前だった。


「……では、わたしが何もしなくても、いつかは呪いは、解けたのか……」

「そうとも限らないよ。見てきた限りじゃ、人が完全に無欲になるってな難しいことなんだし」


 どんな人間でも、生きている限り、欲を完全に捨てるのは難しい。そして捨てきったあとで人に戻ったところで、何ができるわけでもない。


「まあ、そういうこった。わたしがここにまた帰ってきたのは、お前さん方が呪いを解いたからだから、その点は礼でも言っとこうかね」


 魔女の言葉で、あることに気がついたイーヴォは、この家を改めて見渡した。

 どっしりとした家屋に、綺麗に並べられた薬棚が、大量に置かれている。数日数ヶ月で何とかできるような荷物量ではない。


「……もしかして、魔女の引っ越しとは、家屋ごと行うものなのですか」

「行った先で、いちいち家を建てるのはめんどくさいじゃないか。荷物を動かすのもめんどくさい。それなら建物ごと持ってくに決まってるじゃないかね?」


 むしろ魔女の方に不思議そうに問われ、二人は何も言わずに口をつぐむしかなかった。


「……呪いが解けたのがわかるのは、やはり我が身に同じ、だからですか」

「そうさ。呪いが何かに変化したのもわかったよ。綺麗な水晶だねぇ。あの子は、やっぱりその辺のさじ加減が上手だよ」


 魔女は、先ほどの怒りも忘れたように、ふたたび渡した水晶を眺めてうっとりとしていた。

 イーヴォは、その上機嫌の魔女に、聞かなければならないことがある。


「ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが……あなたはこの呪いを、どなたかに伝えたことがおありでしょうか」


 問われた魔女は、ん? としばらく悩むように首を傾げ、そしてぽんと手を打った。


「いたねぇ。力のある子だったから、弟子にできるかと思ったんだけどね」


 ジョルジョも、それに続いて、必死で感情を抑えながら尋ねた。


「では……その弟子の呪いの種は、あなたに取り除けるでしょうか」


 魔女は、その質問に、しばらく考えるようにして、無理だね、と告げた。


「わたしが伝えたとおりに使ってりゃ、できたろうがね。あの子は馬鹿で、目一杯力を込めちまってね。その上、それを命で固定しちまった。あれはもう、芽吹かせるしかないだろうよ」


 その答えに、イーヴォは愕然とし、そしてジョルジョは……ある程度悟っていたかのように、冷静に魔女に問いかけた。


「私は、そのあなたの弟子候補の魔女が呪いをかけた、ダマート家の娘です。……私の中に、あなたの末の呪いの種があるかどうか、わかりますか」


 魔女は、それを聞いた瞬間、訝しげに目を眇め、そして改めてジョルジョを観察した。


「……ああ……これは、確かにあたしの末の呪いだね。さっき感じたのは、それかい!」


 その様子を見て、この魔女にも、ジョルジョの呪いの種は一発で見破ることはできなかったのだと知った。

 魔女は改めてその種を見るようにじっと一点に集中している。その位置は、ちょうどイーヴォが渡した赤瑪瑙のタイピンが光っている。だが、魔女の視線は、それを超え、内側を見ているようだった。


「……これはまた、想像以上に悪意を込めてあるねぇ……あの子、ろくな死に方しなかっただろう?」

「……かつての恋人とともに、自害して果てました」

「いや、そんなもんじゃないだろ」


 その魔女の言葉に、ジョルジョも驚く。


「あんたの中にある種にゃ、ふたつの命を使って補強してある。命ひとつで定着、もうひとつで、呪い自身の強化だ。少なくとも、二人ともさんざん血を流して死んだはずだ。この呪いは、血を吸わせて強化してあるよ」

「……」


 二人が愕然としている間も、魔女はふんふんとまるで何かと会話をするように頷きながら、ジョルジョの内側をその不思議な目で凝視していた。


「この種は、へたに除けばあんたが死ぬよ。手は出さない方がいい。心の臓の、一番薄い部分に巣くわせてあるから、取れば一緒に心の臓が壊れちまう」

「なっ……」

「あとに継がせて芽吹かせるか、あんたが抱えて死ぬか、どちらかにした方がいいねぇ」


 その結論を、ジョルジョは静かに聞いた。


「ありがとうございます。……もうひとつ、お聞かせ願えますか」

「何だい?」


 魔女は、どうやら先ほどの進物を、よほど気に入ってくれているらしい。

 機嫌良く話に応じてくれた。


「……私には、兄がおります。母が呪われた時点で、すでに生まれておりました。その兄には、呪いの種は継がれていないと、信じてよろしいでしょうか」


 真剣な表情で問われた言葉に、魔女が頷くことはなかった。


「見てみなきゃわからないが、十中八九、入ってんじゃないかねぇ」


 ジョルジョの体がふらつくのを、とっさに支えたイーヴォが、ふたたび魔女に向き合った。


「母親経由じゃないと、呪いの種は引き継がれないのではないのですか? 他にも、引き継がれる条件が……?」

「この子の中にあるのは引き継がれた種だが、この子の兄さんに入ってんのは、第一世代の、呪われた女の家族に入るやつじゃないかね。呪った時点で生きていた、血が繋がった子供には入っただろうね。家族を呪うものだから。その兄さんの孫には、芽吹くかも知れないねぇ」

「家族……」

「それじゃあ困るんだ!」


 ジョルジョは、はっきりと顔色を変え、叫んだ。


 自分ひとりだと思っていたのだ。だからこそ、家を離れる覚悟を決めた。

 名もない自分がいたところで、呪いを振りまくだけで役になど立たない。そう思ったからこそ、家から出るように言われた時に素直に従った。

 捨てる名もない自分なら、むしろがんじがらめの貴族の位も、なくても何も困らないと。

 それなのに、それがすべて無意味だったとしたら。兄が将来、子ができ、孫ができた時に絶望するとしたら。


 ――しかも、トッリアーニの呪いとは違い、ダマートの方は、詫びる相手はもういない。かけた魔女は亡くなり、取り除ける希望のある魔女は、無理だと告げた。


「魔女殿。おねがいだ。この呪いを、なんとかして、私だけにとどめられないだろうか」

「あんた変わりもんだねぇ。ひとりで犠牲になりたいなんて偽善者は、あたしゃあんまり好かないよ」

「偽善じゃない。……魔女殿。私達がこの呪いについて詳細を知ったのは、ついこの前だ。どんな呪いかもわからず、調べようにも手もなくて、ただあなたの弟子が言った、家に生まれた女が災いを呼ぶという、その一言だけしか手がかりも知らなかった。私の覚悟は、それこそ物心をついた頃から求められてきた。今になって、兄上に、さらに孫が生まれるまで呪いに怯えさせることはしたくない。……家族の中で、兄上だけが、私を家族だと、そう言ってくれたんだ。名をくれて、生まれたことを、喜んでくれたんだ。その兄上に……あなたは孫を抱けないかも知れないなんて……伝えられないし、伝えたくない」


 ジョルジョは、泣きそうにゆがめた顔のまま、魔女に取りすがった。


「どんな手でも構わない。私で終わる方法を。私の子でもなく、兄上でもなく……私で終わるようにしてくれ!」


 魔女は、そんなジョルジョの様子に、んー、としばらく悩むように天井を見上げていた。


「あの馬鹿娘、さんざん言っておいたのに、ろくな説明もせずに逝っちまったのか。どんだけ馬鹿なんだい、まったく……。しょうがないね、弟子の不始末だ。本当に、どんな手でも構わないのかい?」

「構わない」

「……わたしができるのは、その呪いを芽吹かせることだけだ。そうすりゃ、お前さんが呪われて、姿を変えてそこで他の種は効果を失う。呪いは、次世代に移動するからね。ただ、あんたの抱える種は、弟子が人の命を使って、強化しちまってる。あんたはたぶん、トッリアーニのそれとは比べものにならないほど、獣に近い姿になる。意識も残るかわからない。それでも構わないのかい?」

「……構わない。やってくれ」

「ジョルジョ!?」


 慌ててイーヴォが叫んでも、すでに覚悟を決めた表情のジョルジョに、何を言って止めればいいのかわからなかった。

 だが、そんなイーヴォに、ジョルジョは改めて向き直った。

 先ほどまでの焦燥など、どこにもない、穏やかな笑顔だった。


「私が、生まれてきてよかったと思った瞬間は、今まで二十年、そうないんだ。……女で生まれてよかったと、そう思った瞬間は、もっとない。でも……イーヴォの呪いを解けた瞬間、私は女として生まれて、そしてはじめて、呪いの種を持っていてよかったと、そう思ったよ。おかげで男の姿でいたから、嫁にも行かず、イーヴォが王都に来るのを待っていられた」

「ジョルジョ……やめてください」

「じゃあな、イーヴォ。……ずっと、君の幸せを祈っているよ」

「やめてください……やめろ!!」


 ジョルジョの傍で、魔女がどこからか出してきた枝を、ジョルジョに突きつけていた。

 その枝は、なぜかジョルジョの中に吸い込まれていき、その瞬間。


 ――ぽとり、と、絨毯の上に、その枝が落ちた。

 それ以外、どんな変化も、なかった。

 ジョルジョは、イーヴォに笑顔を向けたまま、ふっとその姿を消していた。


 呆然とその絨毯の上にある小枝を見ていた。

 ジョルジョは、この枝に変化したわけではないはずだ。先ほど魔女は、彼女に「獣に近い姿になる」と言ったのだから。

 その瞬間、イーヴォは顔を上げた。

 その目の前に、魔女がいる。……彼女に繋がる、唯一の手がかり。それこそ、この魔女であることを、イーヴォは理解していた。

 魔女は、どこかからふたたび取り出した枝を咥えて、なぜかそれをカリカリとかじりながら、イーヴォを眺めていた。

 そして、その視線が合うと、にやりと笑ってこう言った。


「頭のいい娘は、あたしゃキライじゃないよ。あの子があんたに、ひとつ残していたものがある。……わたしの茶を、飲む気はあるかい?」

「いただきます」


 先ほど、この家に入った時の戸惑いなどなかったように、イーヴォは即答した。 

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