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十二話 めでたしめでたしの先へ行く方法

 イーヴォとジョルジョは、翌日には、揃ってトッリアーニの領地に移動することを決めた。

 ひとまず、状況的に、ジョルジョが王都にいるのは危険だろうとの判断からだった。


「今回の移動や、ジョルジョの病死などは兄上がすべて指揮しているはずだから、問題があるとすればそのあと、修道院へ行く予定の時だろう。父上が話を通したはずだから、私がたどり着かなければ、問い合わせもするだろうし」


 そして、領地に移動する前にと、イーヴォは使用人達に、ジョルジョについての説明を行った。

 それと同時に、ジョルジョも、イーヴォの母と同じ呪いに蝕まれていることも。


 呪いを解くために、できるだけ急ぎたい二人の意向を、使用人達はしっかりとくみ取った。


「実は、私もかなり母似らしくてな。母の実家の者は、私を見ると一瞬身をすくめたりするんだ」

「それは、化粧をしない、素顔を見ている方々が、ということですね」

「ああ。おそらくは父も、それがあるから私を視界に入れるのを厭うんだろうな」


 貴族の淑女は、基本的に化粧をせずに外に出ることはない。身内ならまだしも、外で会う知人なら、化粧をした顔こそ、見慣れている。

 家族から離れるなら、男でいる方が正体は悟られ辛いとジョルジョは主張し、使用人達もあっさりとそれを受け入れた。

 もともと、イーヴォの友人としてトッリアーニの屋敷を訪ねていたジョルジョについて、使用人達ははじめてできた旦那様の友人として、温かい眼差しで二人の交友を見守っていた。

 そのためか、ジョルジョが女性だったと聞いたところで、そのことを責めるようなものも、ジョルジョを嫌悪するものも、誰ひとりとしていなかった。

 使用人達としては、誰も傍に寄らない寄せ付けない旦那様のはじめての友人が、男性だろうが女性だろうがかまいはしないし、それが恋人に変化したところで、歓迎こそすれ嫌がる方向に意識が向くわけもなかったのである。

 ただ、控え目ながら、名前だけでも女性名にしてはどうかとは提案された。

 だが、名前だけ変えても違和感があるからとジョルジョ自身に押し切られ、名前もそのまま、今しばらく通すことになったのである。



 そしてそのまま、翌日一日で、移動のための用意をすることになった。

 用意の時間が一日というのは貴族の移動としては驚くほどの速さだが、大きな荷物などは後追いで構わないからと急ぎ必要なものだけを手にして移動することになったのだ。

 すでに先触れは出発しており、それに続くようにイーヴォとジョルジョ、そしてカルロが旅立つことになる。


「あ、ついでだから、私の服を、古着屋で良いから揃えてもらえないかな」

「古着じゃなくとも、新しく誂えますが」


 イーヴォは、僅かに視線を落としながら、気遣わしそうにジョルジョに申し入れた。


「仕立てるにしても、それまでの着替えもないからな。今は急ぐんだし、古着でいいよ」


 そんな二人の様子を見ていた侍女のイルマが、突然何かを思いついたとばかりに部屋を飛び出し、どこからか用意してきたのは、かつてのイーヴォが身につけていた服だった。


「旦那様のものですが、人の姿におなりの時に、数着直したものです。旦那様は身丈も合わなくなりましたが、ジョルジョ様でしたら、きっとそれほど無理もなくお召しになれますわ」


 今はイーヴォよりも少し顔の位置が下にあるジョルジョだが、猫の顔だったイーヴォと並べば、ほぼ同じ身丈だった。長年衣装の仕度をしていた侍女達は、これならとばかりに笑顔でそれらをジョルジョに差し出していた。


「えっ?」


 イーヴォが驚くその横で、ジョルジョはぱっと笑顔を見せて、それを受け取りその身に当てた。


「ああ、確かに、身丈も肩幅も、ちょうど良さそうだ」

「え、え? いや、さすがに私の服をなんて……」

「旦那様のお衣装でしたら、こちらにも領地の家にも、まだまだございます。すぐにご用意できますよ」


 すっかりなじんでいる乗り気な侍女とジョルジョの会話に、慌てたようにイーヴォが割り込む。


「いや、でも、尻尾用の穴が空いていますよ!?」

「お下がりなんだし、どんなに立派な服でも、どこかに不都合ぐらいあるものだ。尻尾の穴は塞いで着れば問題ないだろう?」


 実際、イーヴォも急ぐ時に同じことを言って着ようとしていたわけだから、使用人達の手前ジョルジョの指摘に反論もできない。

 結局、イーヴォひとりが、気になる女性に自分の衣服を着せることに対して心の中で身もだえするような羞恥を覚えているだけなので、ジョルジョの着替えは、下着以外はすべて、かつてイーヴォが身につけていたもので揃えられたのだった。



 その翌日に、二人はトッリアーニ領へ向かって出発した。

 大型の馬車に、イーヴォとジョルジョの二人が乗りこみ、御者席には執事のカルロがついた。そしてもうひとり、交代要員として従者がひとり、これも御者席にいる。

 残りの使用人は、王都の屋敷を管理する数人を残し、全員が荷物と共に移動してくることになる。


「大移動だな。私のために予定を変えさせてしまってすまない」

「いえ、もともと、叙爵が終わればすぐに帰るつもりだったんです」


 イーヴォがその予定を覆したのは、もちろん王からの誘いを断るわけにはいかないというのもあるが、それよりも、行きの強行軍からひと月もしないうちに、もう一度同じことをする気力がなかっただけである。


「今回は、前回ほど無理な旅程を組む必要がないので、安心していられます」

「どんな無理をしたんだ?」

「……あの姿で、宿を利用することはできませんでしたので……休憩も宿泊も、すべて馬車の中で、まったく体が休まりませんでした。おかげで、ひどく馬車酔いをしまして。到着した頃には、ほぼ意識がありませんでした」

「よく生きていたな……」


 旅慣れているジョルジョの表情が、笑顔のまま固まっていた。


「あの姿だった頃は、屋敷の庭からも、一歩も外に出られませんでしたから、外出どころか馬車に乗るのもその時がはじめてだったんです。でも、今は、王都へ行って良かったと、そう思っています。おかげであなたの目に止まり、呪いも解けました」


 猫の顔の間は、その表情ではよくわからなかったイーヴォの笑顔は、今ならよくわかる。昔は耳と尻尾と髭で表していた感情が、今はちゃんとその顔で見分けられる。

 初対面の時は、耳や尻尾、髭が動くために感情を隠すのが苦手だろうと思っていたイーヴォは、たとえ表情が見えていても、その感情がよくわかる。


「そうか……そうだな。呪いがかかっている間は、表情を作る訓練など、したこともないんだな」

「表情を、作る?」


 その表情は、わかりやすく、そんなことは考えてもみなかったと語っている。

 そのきょとんとした表情に、思わずジョルジョに笑みがこぼれた。


「社交をするかしないかは別として、少しは表情を隠す訓練をしないといけないな」

「した方が良いでしょうか……」

「貴族なら、普通、子供の時から学んでいるものだ。だから自然と表情を取り繕うこともできるようになるんだろうが、あなたの場合、本能で動いてしまう耳や尻尾だったしな……」


 そんなもの、押さえつける教育をしたところで意味が無い。


「……私は、呪いが解けて生まれ変わったばかりで、これから、人が幼い時に経験しておくべきことを、学んでいかないといけないんですね」

「急にあれもこれもとはさすがに言われないさ。それに、私もいるから」

「ジョルジョ……」

「見本でも練習でも、手伝うから。だってこれから、時間はたくさんあるんだから」

「はい」


 にっこり微笑むイーヴォを見て、ジョルジョも自然と笑顔を浮かべていた。



 馬車で二日の旅の間に、話をする時間はたくさんある。

 二人とも、それほど時間を無駄にできるような性格はしていない。当然のように、二人の間に交わされる話題は、これから先の行動についてだった。


「あなたの領地には、魔女にまつわる何があるのかな」

「一番は魔女の森ですね。あとは、当時、魔女の森に祖父と共に向かった人々が暮らしていた村なら、その話がまだ聞けるのではないかと思います」


 トッリアーニの領地では、まず魔女の森へ向かう。

 魔女の存在を確認するのが第一で、呪いの確認については二の次だ。


「せめて魔女が住んでいた小さな家とやらが残っていれば良いのですが」

「そんなものがあったのか?」

「はい。石積みの小さな小屋に、赤い屋根。傍にどんな手段なのか川を引き込み、小さな水車小屋も備えていたと伝えられています」

「それは腰を据えて、長年暮らしていたんだな」


 水車小屋までとなると、最低でもそこで、粉ひきをしていた可能性がある。水車は、作るのに力と精密な設計が必要なものだ。最低でも、それを作るために人も金も使ったはずだ。


「ですが、呪いをかけられて以降、魔女のその小屋を見た者はいません」

「……小屋がない? 赤い屋根やら、水車小屋やら、そんなものは早々動くものではないし、壊せばあとも残るだろう?」

「ですが、本当に、その小屋があったはずの場所に行っても、なにもないんだそうです。川だけはそのまま残っていたそうですが……」


 だからこそ、イーヴォの祖父は、魔女が逃げたのだと判断した。伐採を推し進めようと人を送り込んだが、木を切ろうとしたらばたばたと倒れる、例の状況に陥ったのである。


「それこそ、呪いの始まりの場所だな。……なあ、イーヴォ。ひとつ気になっていることがあるんだが」


 改まった表情のジョルジョが、いつもよりも声を落としてイーヴォに尋ねる。


「なんでしょうか」

「その森に住んでいた魔女は、まだ生きているかな」


 ジョルジョにそう問われ、イーヴォは驚きに目を見開いた。 


「祖父が出会った時点で、老女だったと伝えられていましたから……もう亡くなっていると思っていました」

「国中を巡って、魔女を探していた時に聞いた話に出てきた魔女の最高齢は、二百歳ほどだった。力が強い魔女は、寿命を延ばすことも自在らしい」

「二百!?」

「私達が受けている呪いは、血族すべてを呪う、強いものだ。……生きている気がしないか?」

「……まさか」

「そして、別の魔女が呪いの解析をできるのなら、呪いを作った本人なら、種についても解呪できる可能性はあるんじゃないかな」


 イーヴォは、ジョルジョの話を聞いて、魔女の呪いについて調べていた祖母の日記を頭に思い浮かべた。

 やはり同じように、ジョルジョもそれを読み込んでいたらしい。腕を組み、思案する表情のまま、ジョルジョはその考えを説明した。


「イーヴォの呪文を解く前に、あなたのお祖母様と、解析を依頼していた魔女との間に交わされていた書簡の写しを、すべて確認したんだが……」


 おそらくその呪いを発案した魔女は、発芽させることは想定していなかったのではないか。だから、この呪いの形を、すぐに発動させるようなものではなく、種にしたのではないか。

 解析した魔女の、最初の考察の結果が、それだった。


「……その時には、すでにイーヴォという存在がいて、もともと発芽させてしまった呪いについての解析を主目的にしていたから、話題はすぐに発芽させた呪いをどうするかということに移ってしまっていたが、そう考察されていたと言うことは、最初の魔女に会うという目的は、ある意味理に適っている気がする。なぜ、種でなくてはならなかったのか。発動させていては、簡単に取り除けなくなるから、というのが、答えのような気がするんだ」

「種である、理由……」

「案外、魔女の方も、また祖父殿と出会うのを想定していたとも考えられる」

「……祖父は、呪いをかけられたあとも、何度も伐採のため森に通っています。祖父は主張を曲げませんでしたから。文句があるなら、そちらから出てこいと、そう言っていたそうですが」

「それはまた……とことんまで、対立の方向に行ってしまったんだな」


 イーヴォもジョルジョも、二人揃って頭を抱えた。


「本当に、案外すぐに魔女は種をどうにかするつもりだったのかもしれないな」


 そのジョルジョの問いに、イーヴォは苦々しい表情で項垂れた。


「それならなおさらに……私はダマート家の方々にどれだけお詫びしても足りませんね……」

「いや……。呪われたのは、こちらも母の自業自得だから。それに、その種の性質を知っていたから、こちらの呪いをかけた娘は、みずから死を選んだのかもしれない」


 呪いをかけた魔女なら、呪いの種を取り除けるという条件があるなら、逆にそれこそかけた本人が死を選べば、それを解ける者はいなくなる。それこそ、命をかけられるほどに怒りが大きかったのだとすれば、それも想像に難くない。


「そうだとすれば、そこまで怨まれるような真似をした母が、愚かだったんだ」

「あなたの種は、こちらの魔女で取り除けるでしょうか」

「話を聞いていれば、ずいぶん誇り高いお方のようだ。ならば、弟子ごときの魔法をどうにかできないなど、言えないと思うぞ」


 当事者のジョルジョよりも、よほど辛そうに顔をしかめたイーヴォに、あえておどけたようにジョルジョは肩をすくめた。

 行動の指針は決まった。


「そういえば、ジョルジョ。あなたは、生まれてすぐに女神官様に預けられたんですよね」

「ああ」

「災いを呼ぶと言われて預けられたとしても、その時は、特に性別は偽らず、娘として預けられたのではありませんか?」

「そりゃそうだ。赤ん坊は、おむつをしているもんだ。赤ん坊の世話を頼む相手に、性別の嘘などつきようがない」


 突然、なんの話が始まったのかとジョルジョが不思議そうに首を傾げた。


「それなら……その女神官様は、あなたに女の子の名前で呼びかけたのではありませんか?」


 その問いに、ジョルジョは大きく目を開いた。

 問われること自体、想像もしていなかったと、その表情は語っていた。

 イーヴォはそれを見て、ジョルジョの言う表情を取り繕うことの意味を知った。

 表情に感情がそのまま表れた、珍しいジョルジョの姿に、イーヴォは心の奥で、密かに表情の訓練をすることを決意しつつ、なおも問いかける。


「その時は、どのような名で呼ばれていらしたんでしょうか」


 そう問われたジョルジョは、顔をうっすらと赤く染め、珍しくも言い辛そうに、その名を口にした。


「アガタ」

「……瞳の色からでしょうか。素敵な名前ですね」

「籍が男であるなら、この名はおかしいと、家に帰った途端に消えた名だ」

「ジョルジョでは無くなる今、あなたを慈しんでくださった女神官様がつけたその名こそ、女性としてのあなたの名ではないでしょうか」

「そう、かな。昔から、自分に似合っていると思ったことがなかったからな」

「貴石の名でしょう? あなたの瞳を見れば、なるほどと納得しましたが」


 意外そうに見開いていたジョルジョの目の中で、赤瑪瑙のような、綺麗な茶色の瞳が輝いている。

 それを見て、名を聞けば、その由来がどこにあるのかなど一目瞭然だった。


「さぞ、大きなかわいらしい目で、女神官様を見ていたのでしょうね。呪いが消えたあと、新しいあなたになる時には、その名に相応しい服を仕立てましょう」

「貴族の籍はなくなるのだから、貴石に似合いの服など着たら、平民に見えなくなるよ」

「私の隣にいてくださるなら、その方が都合がよくありませんか?」


 まったく躊躇うことなく、嬉しそうにそう告げるイーヴォに、ジョルジョはすっかり赤くなった顔を隠すように背けたのだった。


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