3月28日晴れ 『魔導師1名』
「新しいの、入ったぞー」
店から出ていくと、そこには大きな荷物を背負った、フードの人物が立っていた。紫色の綺麗な服に、革の古びたリュックは不釣り合いな印象を与えている。
そして、男は店主の登場に気がつくと、カルラに声をかけた。
「申し訳ないが、道を尋ねたい。少しトイレを探していたら、迷ってしまってな」
少し面倒に思いながらも、カルラは気前よくそれに応じた。
「別にいいけど、何か買っていけよ」
「カルラさん、少しはサービス精神を出してください」
答えてあげたのだから、それでも良いじゃないか。
横にいたシュラの言葉に、男は手を前に出して、それを断った。
「いや、いいよ。面白そうだし、何かひとつ買っていこう。……それで、この辺に新しく出来た孤児院はどこか知らないか?」
「孤児院?」
「もしかして、隣町の話でしょうか……?」
確か、そんな話が持ち上がったことがある。しかし、遠すぎる。
「だとしたら、どんだけトイレ無かったんだよ! うちにもあるよ、トイレ」
だが、男は大きく頷いて、それだと喜びを表現する。
「ああ、方向音痴で。気がつかない内に、遠くまで来てしまったようだ」
「よくそれで済ませられるな。もう少し危機感を持ってもいいと思うが」
「いつも最後は生きているから、別に良いかと思っている」
ポジティブなのか、ネガティブなのか、よく分からない結論だ。フードで見えないが、どんな顔で言っているのか、気になる。
とりあえず、カルラは簡単に道を教える。
「で、隣町までの道だが、西に三キロ行ったところにある」
「有難い。それでは、何を買おうか。長旅が多いから、それに役立つものが欲しい」
コンパスを出して男が言うと、シュラは店に並んでいた靴を手に取った。
「これなんてどうでしょう。疲れない靴ですよ」
「それはダメだ」
カルラはかぶりを振って、それを止めた。
「何故でしょう?」
「あんまり高くないから」
「……お客さんを選べるほど、うちは儲かっていませんよ?」
ぐうの音も出ない。
「では、それにしよう」
「はい!」
商談が成立して、会計に入る。
「……そういえば、孤児院に何をしに行くのですか?」
「魔法書を作る仕事で訪れたとき、飛び出す絵本を見せると約束したんだ」
「変わったお仕事ですね」
シュラの反応に気をよくした男はリュックから、一冊の本を自慢げに取り出す。
「これがその絵本だ。『ネクロノミコン』という本を模写したものだ」
「どこかで聞いたことがある名前だな」
「開くと魔物が飛び出す」
「どんな飛び出す絵本!? それ、絶対もとめたやつと違うからな!」
孤児院が惨事の現場になるところでした。
ネクロノミコン……クトゥルー的な何か。詳しくはググろう