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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
9/411

1月7日雨 『商人3名』

「……新しいの、入ったぞ」


眠たげな瞼をパチパチと開閉しながら、カルラは疲れた体をどうにか立たせてそう言った。


「申し訳ありません。私のせいで……」

「気にすんな。アイツを少しでも信用した俺が悪い。……だが、これからは店に近づけないでくれ」

「はい……」


しとしとと降り続く雨を睨み付けるカルラを、シュラは珍しそうに見つめていた。


「今日は、鍛冶仕事をしないのですか?」

「いや、やろうとは思ったさ。だが、釜戸にヒビが入ってて、雨漏りで使い物にならなくなった。修理はしたが、乾くまで火は焚けねぇ」

「それは、災難でしたね」

「最近、運が悪くてやんなるぜ。おかげで、不良品の蹄鉄くらいしか作れなかった」


そんな話をしていると、大きくて豪奢な馬車が通りががかり、運転手が手綱を引いて歩みを止める。

フードを脱いで、よっと飛び降りるその青年は、カルラを見ながら盛大に着地を失敗させる。


「どぁっでゃっふぁっ!?」

「ああっ! お怪我はありませんか?」

「いやぁー大丈夫、大丈夫。ってて……」


さしのべられた手を断り、ズボンに付いた汚れを払いなから立ち上がる。

みすぼらしい乞食のような服装と、楽しげな笑みを浮かべる男の顔には見覚えがあった。

カルラは手に持っていた商品を置き、立ち上がって男の前まで近寄る。


「久しぶりだね。カル―――ガベッ!!」

「カルラさん、何故とつぜん蹴りをっ!?」

「気にするなシュラ、そんなことより雨粒数えるぞ。その方が有意義だ」


吐き捨てるように言うカルラの足下で、青年は見事に蹴りが入った腹を押さえ、芋虫のように這いつくばってうめき声を上げていた。


「うぅ……か、カルラくー、ん……? 友達が帰ってきたのに、暇潰しの方が大切だとは薄情だね~?」

「俺に疫病神の友人はいねぇよ。帰りやがれ」


カルラが青年を踏みつけながらそう言うと、口元に手を当ててシュラがおろおろと取り乱していた。


「カルラさんっ!? 可哀想ですよ!」

「いいんだ、こいつは出資金を持ち逃げして、町中から追われている大泥棒のジャック・アグラムだからな。そして、俺もその被害者」


踏まれながらもにやけた表情を顔一杯に張り付けて、抵抗することなくジャックは口だけを動かす。


「違うでしょ~。えーと、シュラちゃん? 僕は商人をやっていてね、全国各地を旅している身だよ。カルラくんとは、昔からの友達なんだ~。ゲフッ」


調子のいいことを言う口を、カルラは蹴りで黙らせる。そして、苛立ちを表すように頭の横を踏み鳴らすと、体勢を低くしてジャックの顔を睨みつけた。


「違わねぇよ。そう言うんなら、3年前に貸した金、とっとと返せ。その様子からして、どうせ大失敗でもしたんだろ?」

「いーや、儲けたさ。でも、売り上げで高い馬車を買ったら無くなっちゃって、品物を仕入れられないんだ~、びっくりしたよ」

「おー、商人? お前の腹の中には、売れそうな物が残ってるぞ? それを売ったらどうなんだ?」


胸ぐらを掴んでジャックを持ち上げるカルラ。ジャックはぶらぶらと足を揺らして、なおも能天気に笑う。


「さっき食べたキノコに何の価値が? 相変わらず商才ないね~」

「誰が胃の中つった? その使えない頭、解剖して薬屋にでも売ってやるから出しやがれ!」

「い、いやだよ。死んじゃうから~」


そんなやり取りをしていると、馬車の扉が勢いよく開き、中から明らかに一般的ではない風体の男が現れる。


「おい兄ちゃん、いつまで待たせんだよ! 俺らは急いでんだからさぁっ!」


中にはもう一人乗っているようで、大事そうに大きな鞄を抱えている。


「ジャック、こいつらは?」

「大きな町で、白くてふわふわする不思議な薬を売りたいから乗せてくれって頼まれたんだ~」

「おい、それって……」

「大丈夫だよ~。いっぱいお金くれるらしいからさ~」


何も大丈夫じゃないんだが?

言葉を失うカルラの手をほどき、ジャックはそそくさと馬車の中へと戻った。


「じゃ、出世払いってことで~」

「あ、クソ、この泥棒がぁっ!」


置いておいた蹄鉄を手に、ジャックは馬車を猛スピードで走らせる。叫んだ言葉はその早さに追い付けない。



「行ってしまいましたね。ジャックさん」

「あーったく……、散々な目にあった。二度と来ないようにしたい」

「でも、大丈夫ですかね? あの方たち、随分と怪しい雰囲気でしたが……」


心配そうに、馬車の向かった道を眺めるシュラに、カルラは疲れたような表情で答えた。


「それは問題ない。蹄鉄を持っていっただろ?」

「ええ、確か不良品のやつですよね?」

「鉄が焼けなかったから、特殊な素材で作ったんだ」

「特殊な素材?」

「フランシウムっていう、水に触れたら爆発する金属」


ほんの冗談程度に、ちょっとした悪戯にでも使おうと思っていたのだが、馬鹿な泥棒に盗まれてしまった。


「でも、今日の天気は……」


シュラが見上げた空は、未だに雨を降らせている。


後日、犯罪者を乗せた馬車が爆破される事件が新聞の一面を飾ったらしい。

ジャック・アグラム(21)

好きな食べ物……砂糖

備考……いつか出世するから、お金ちょうだい!


悪そうな二人(秘)

好きな食べ物……ホットケーキ

備考……ボスにお菓子作りの小麦粉を運ぶ途中爆発。余罪でそのまま拘留された。

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