3月25日曇り 『剣豪1名』
「新しいの、入ったぞー」
「ふむ、少し見ていこうか」
背中に大きな剣を携えた、冒険者とおぼしき男が、そう言って店の品を見に来た。
自身の装備が革装備であるからか、とても興味深そうに、並べられた商品を物色している。
しかし、カルラには、そんなことよりずっと気になることがあった。特段、危険そうには見えない男の外見が、カルラは気になっていた。
動く視線、唸る口、どれもこれも丸く、埴輪みたいな顔になって定着していて、本当に人間なのかを怪しく思っている。
カルラはそっと、隣の弟子に小さな声で尋ねた。
「なんか、すごく簡単な顔の奴が来たんだけど、あれは何だ?」
隣で本を読んでいたシュラは、視線を上げて、目の前で品定めをしている男の顔を見る。
数秒迷って、言葉を選んだ。
「人族……では無いのですか? 目も鼻も口もありますし」
「いや、俺でも書けそうな顔だぞ? あれが人間なわけないだろ」
かなり失礼なことを言う。
声が大きくなり、埴輪男は訝しげな……訝しそうに見える顔を向け、迷惑そうに喚きだした。
「聞こえておるぞ。さっきから我の顔が簡単だとか、書きやすそうとか、落書きみたいとか!」
「そこまで言ってないけど」
落書きっぽいけども。
「喧しいっ! 人のコンプレックスを笑うとは何事か、この凸凹がっ!」
「十分、お前もコンプレックスを抉ったけどな」
凹の部分であるシュラは、あからさまに落ち込む。
シュラの頭を撫でながら、埴輪男をカルラは見据える。
「それで、お前は人間族なのか?」
「如何にも!」
「……」
堂々としたその顔は、人間には見えない。
「それで、お前は人間族なのか?」
「如何……って、何故二回聞く!? 疑っておるのだろう!」
「ったりめぇだ! どうやったら、人間が埴輪になるんだよ! ふざけてんのか!」
口の悪いカルラの言い分に、埴輪の眉間には皺が寄った。そして、自分の秘密を明かした。
「実は、ダンジョンに潜ったのだ。そしたら呪いに掛かってしまったのだ」
確かに、そんな話をたまに聞くが、外見を変えるものは初めて見る。
武器が壊れたり、頭のなかで変な声が聞こえたり、強くなるたびに謎の効果音がするくらいなら、聞いたことはあるけれども。
「ちんけな呪いだな。そんなんで誰が迷惑するんだ?」
「今まさにその状況なのだがな」
ああ、割と大変だな。
「教会で呪いは解けるのだが、それまでに不審者として捕まらないか、不安で仕方ない」
「それなら、良い道具があるんだ」
そう言って、カルラは店の奥から、メイク道具を持ってくる。蛍光ピンクの目にキツい色合いの、きらびやかな箱を開けると、そこには変わった道具が詰められていた。
「これは何だ?」
「変装セットだ。立体的な形作りにも対応しているから、お前の顔を変えられる」
「そうかっ! ……しかし、我には画力がない。誰か、やってくれないか?」
見回すと、そんなことにも慣れていそうな少女が一人、落ち込んでいた。
「シュラ、メイクをしてやれ」
「え、は、はい。分かりました」
シュラは箱から筆を取ると、手早く形を整えて、芸術家のように作品を手掛けていく。
そして、あっという間に作業は終わった。
「我は見えぬが、今どうなっておる? 埴輪には見えぬか?」
「えーと、埴輪には見えないな。だが……」
「やったぁ~。これで我は安泰だぁ~」
そう言って、埴輪男は代金だけを置いていって、そのまま教会へと向かってしまった。
「久しぶりでしたが、良い出来でした!」
「そうだな。かなり芸術的だったな」
その顔は、抽象画でした。
埴輪男(36)
好きな芸術……モナリザ的な
備考……いくつものダンジョンを攻略してきた、北西一の剣豪。色々あって呪いが掛かった。
イケメンではないんだよ、現実的でしょ?