1月6日曇り『薬屋1匹』
「ゴホッゴホッ……」
鍛冶屋の店先に、普段の言葉が聞こえず苦しそうな咳の音が響く。そんなカルラの様子を見て、シュラは蒼い瞳を心配そうに潤ませる。
「風邪ですか? この前の雪遊びのせいでしょうか」
自分のせいではないかと責任を感じているシュラに、カルラはかぶりを振った。
「たぶん昨日の夜、遅くまで装飾を施してたせいだろうな。参ったねぇ、まったく」
「仕事もほどほどにしてくださいね」
「あとは、アイス食って、土間で腹出して寝たくらいか。参ったねぇ、まったく」
「……自業自得じゃないですか。心配を返して下さい」
先程までの暖かい言葉が嘘のように、冷たい視線が肌に突き刺さる。後悔というものは先に立ってはくれない。
「どちらにせよ、早く治さないと仕事に影響が出そうだな。咳で鎚が狂いそうだ」
「お薬も切らしていますし、お店を閉めて診療所に行きましょう」
カルラが答える前に、通りがかった人物が口を挟んだ。
「おやおや、カルラさん。私の薬を使えば、病などすぐに治るというのに、医者なんぞに掛かるのですかい?」
陰湿な話口調、長くボサボサの髪、いつから眠っていないのかと思わせる濃い隈。およそ人命救助には向いていないその女性は、申し訳程度に羽織った白衣を翻して立っていた。
「この方は、どなたですか?」
初対面のシュラはちょこんと首を傾げる。なるべく近寄らせまいと、カルラは二人の間に入って答えた。
「気を付けろ、ドラッグマニアのエイル・レ・マットだ。目を見るな、風邪を引くぞ」
「薬剤師の、ですよぅ~。風邪ウイルスの根源みたい言ってぇ……。もしかして、忘れちゃったんですかぁ?」
「誰が忘れるかよ。解熱剤を買ったはずが、増熱剤を渡されて酷い目にあったんだからな」
「でも、治ったでしょぉ?」
「ただの風邪で、蕁麻疹出しながら三日三晩寝込んだあとで自然治癒だ。途中から、ぜったい薬の作用だからな」
険悪ムードに、あわあわと戸惑いを見せるシュラは、何かを決意した様子でカルラの前に出る。
「エイルさん、何かお探しなのではありませんか?」
エイルは興味深げに眉を上げ、思い出したように、笑みを浮かべて手のひらを叩く。
「おー、そうでした。うっかり注射器を数本ダメにしてしまいましてね、スペアを買いに来たのですよぅ」
「注射器? 医療器具なら、専門店の方が品揃えはいいだろ。俺の店に来るな、塩撒くぞ」
「辛辣ですねぇ。まあ、言うとおりなのですがねぇ。せっかく鍛冶屋さんと仲良くできるチャンスなのですから、活用したいと思いましてぇ、はいぃ」
胡散臭い言葉選びを見て、カルラは疑念に表情を固める。そして、断るより、売ってしまう方が得策と思い、右手にある棚の引き出しから、注射器の包みを出した。
「ほぅ……、見事な品ですねぇ。やはりここを選んで良かったですぅ」
「良いから、さっさと選べ」
「急かすと割りますよぉ? 私はドジっ子なのでぇ」
「そしたら頭かち割るぞ。あと、本物は自分でそんなこと言わない」
シュラの頭にぽんと手を乗せて、カルラは言う。それを見たエイルは、細い針の注射器を撫でながら、苦笑いを浮かべた。
「これにぃします。はい、これどうぞぉ」
「あ、お釣を……」
「お詫びですぅ。受け取ってくださいなぁ」
金貨を数枚入った袋を置いて、エイルはふらふらとした足取りで去っていく。
袋を覗きながら、シュラはにこりと微笑んだ。
「きっと、あの方も反省したのですよ。許してあげては如何ですか?」
「多少の金程度で許すもんか。そんなに俺の命は安くねぇ」
「でも、袋の中に、こんなものも入っていましたよ」
そう言って、取り出した小さな子供のような手には、薬の包みが握られていた。
頬を小さく掻いて、カルラは何とも言えないような、ぎこちない表情で口を動かす。
「まあ、少しは、な」
その薬を飲んだカルラが、それから半日寝込むまで、許しても良いかと思っていたそうな。
エイルは誰にも見られない裏路地で、剣呑な笑みを浮かべる。
「いつのお詫び、とは言っていませんからねぇ……」
エイル・レ・マット(20)
好きな食べ物……毒キノコのスープ(誰が食べるとは、言ってない)
備考……毒も過ぎれば、薬かもしれませんよぉ?