3月16日雨 『迷宮3迷』
「新しい道、見つけたぞー」
「……ここ、どこですか?」
遺跡のような石壁と石畳に囲まれた、小さな地下空間のかたすみで、不安げなシュラの声が響く。
その声にカルラは反応して、当然とばかりに答える。
「ダンジョンだろ。モンスターがわんさか居る一攫千金の大迷宮」
「その、モンスターがわんさか居る場所の、どこかと聞いているのです! また迷っているではありませんかっ!」
泣きそうなくらいに取り乱したシュラは、小さな体を大きく揺らして主張する。なだめるカルラの横で、もう一人の影が動いた。
「シュラ、落ち着いて」
「ニコさん」
飴玉を舐めながら落ち着いてそう言うニコに、シュラはさらに不機嫌そうに眉を歪める。
「それもこれも、ニコさんが地図を燃やしたりするからですよ? 反省してください」
「マシュマロを焼きたかったのだから仕方ない」
そんな感じで、今回に限れば地図も道具も充実した状態で挑んだにも関わらず、迷宮で迷走しているのである。
焚き火をしたのが三十分前で、気がついたのは五分前だった。
「これ以上シュラを怒らせるな、痛い目見るの俺なんだからっ」
すでにボロボロのカルラは、モンスター以外の驚異に疲れた様子でそう言った。
ようやく落ち着きを取り戻したシュラは、腕を組んで困ったように考え込む。
「それで、どうやって脱出しましょう。場所が分からなければ出られませんよね?」
地図があれば、現在地も分かるのだが、それが無いのであれば帰ることは難しい。
そんな状況で、カルラは得意気に笑みを浮かべる。
「こんなこともあろうかと、ダンジョン脱出用の道具を作ってきた」
「本当ですか!」
カルラの手には杭と、赤く光る糸が握られていた。
「ああ、入り口に設置しておくと、自動でマーキングをする装置だ。ニコ、入り口に設置しろ」
静寂が起きた。
誰一人動くこともなく、数秒してから気がつく。
「……無理ですね」
「無理だよ」
「無理だったな」
すでに内部に入って迷って居るのだから、入り口に戻ることはできないし、出来たら目的は果たしている。
何故、初めに設置しなかったのかと、誰もが思った。
「なんだこれ、使えねーじゃねぇか。こんなものっ!」
「道具に罪はありませんよ!? どちらかというと私達の方が悪いです!」
カルラは苛立ち、道具を地面に投げつける。
上下に大きく揺れる肩をつかみ、ニコが平然としてこう言った。
「もういい、カルラ。非常口で出よ?」
カルラも、その提案に頷く。
「そうだな。そろそろ昼飯だし」
「え、そんなものがあるのですか?」
人が整備しているとは言え、そんなものがあるとは思っていなかったシュラが聞き返す。
またも得意気にカルラは言う。
「まあな。よく迷う馬鹿が居るらしいから」
「その方々に私達も含まれていますけどね」
呆れた様子でシュラは言い、キョロキョロと周囲を見回して口を動かす。
「それで、非常口とはどこにあるのですか?」
「地図があれば分かる。地図は?」
不思議そうにニコが尋ねる。そして、シュラは乾いた視線を向ける。
「燃やしましたよ。マシュマロのために」
静寂が起こって数秒、カルラが言った。
「……歩くぞ」
「……はい」
彼らがダンジョンを脱出したのは、この5時間後であった。
迷宮……地図持参、火気厳禁、マシュマロ美味。モンスターがわんさか現れる場所で、宝箱が定期的に設置される施設