3月15日曇り 『村長1名』
「新しいの、入ったぞー」
「カルラさん、あの方は誰ですか? 何かすごく、こちらを伺っている用ですが……」
そう言われて、店頭を見る影に目を向けると、そこには翁が立っていて、古びた焦げ茶色の衣服と、青い帽子を被っている。
その姿を見たカルラは、懐かしそうに目を輝かせる。
「ああ、あれは村長だ」
「村長さんですか!? 町でしたよねっ、ここ!?」
「いや、町だけどさ。ほら、あれだよ、あだ名。いつも町のどこかに居るから、誰かが付けたんだよ。町長らしき何かに」
「町長で良いではないですか……」
そんな会話をするが、それでも表情ひとつ変えることなく、老人はそこで、目を見開くばかりである。
「でも、お客さんなのでしょうか。お客さんであれば、何か商品を探しているのかも」
「俺が話す。村長とは顔馴染みだからな。……おう村長、久しぶりだな」
ぎこちない笑顔で近づくカルラは、片腕を上げて、そう声を掛ける。
老人はそれに反応して、カルラの方を見た。
「え、誰?」
全身をくまなく見てから、老人は一歩下がって、少し仰け反りながらそう言った。親しげに声を掛けたカルラは、恥ずかしそうにとぼとぼとシュラのところまで戻ってくる。
「覚えられていないではありませんか。明らかに不審者を見る目でしたよ?」
「俺も驚いた。うっかり泣くかと思った」
「泣かないで下さいよ、大の大人が」
「少し吐いただけで済んだ」
「どれだけ心が弱いのですか!? しっかりしてください!」
そんな会話をしていても、老人は動こうとはしない。店員が目の前に居るというのに、それを頼ろうとはせず、ただ黙って商品を適当に眺めるばかり。
もしかしたら、時間を潰しているだけなのかもしれないのだが、泥棒であれば、ここを動くわけにはいかない。
仕方なく、シュラは老人に近づいた。
「あの、本日はどのようなものをお探しですか?」
「……は、はぁ。実はカリントウなるものが売っていると聞いてな。この店で売ってはいないか?」
昔、どこかで聞いたことのある名前ではある。確か、東方の砂糖菓子だったような記憶が、シュラにはあった。
言いづらそうに、困ったようにシュラは答えた。
「うちは鍛冶屋なので……。カルラさん、カリントウってありますか?」
「あるぞ」
「あるのですね……。だろうと思っていました」
焼き菓子まで取り扱うのだから、当然とも言える品揃えだった。
怪しい一人の老人はカリントウを受け取り、会計を済ませて、満足げに帰っていく。
見送っているとき、シュラはカルラに言った。
「あの方は市長らしいですよ。村長でも町長でもなく」
「……あー、どおりで覚えられていないわけだ。ついにボケたのかと思った」
「一番最初、知り合いって言っていましたよね……?」
市長(89)
備考……甘いものをこよなく愛する老人。最近はコンヴィーヴにはまっている。作者はコンビーフくらいしか知らないので、味は自分で調べてください。