3月13日晴れ 『公爵1名』
「新しいの、入ったぞー」
「へぇ、それは興味深いですね」
カルラの呼び掛けに足を止めた人物は、どこから見ても金持ちらしい、気品のある格好をした、黒髪の男だった。
藍鉄色の綺麗な布地を縫い合わせた上着には、所々に金の刺繍が施されていて、胸の辺りに大きく刻まれた家紋には、見覚えがあった。
「ルンデルコーデル家の紋様ですね」
横から、小さな顔を突き出して、シュラは驚きの眼でそう言った。
「ルン……なんだって?」
「ルンデルコーデルです。公爵の地位を持つ、近隣の領土を納めていると聞きます」
丁寧な説明を聞き終えたと同時に、男は右手を胸に当て、人の良さそうな笑顔で小さく礼をした。
「この度、この辺りの領土を納めることになった、コルブォ・ルンデルコーデルです。以後、お見知りおきを」
そうか、お偉いさんか。
コルブォの存在価値を理解したカルラは、愛想笑いを浮かべてこう言った。
「断る」と。
一瞬、何を言ったのか分からなかったのか、シュラは首を傾けて、それから物凄く慌て出した。
「え、ええっ! カルラさん、何を言っているのですか!? 公爵様にそのようなことを言ってはいけません、お見知りおいてください!」
なにそれ初めて聞く言葉だ。
「嫌だよ、こんな好青年。裏がありそうじゃあねぇか」
「そんなことありませんし、有ったとしても敵にしないでください!」
「うるせぇ、イケメンは敵だっ!」
カルラとシュラが言い争っていると、コルブォは店に並べておいた、銅像を手に取る。
「これは、何ですか?」
「ああん?」
見ると、性能はともかく外見のせいか、全く売れることのなかった商品だった。まじまじと見つめるコルブォに、カルラは仕方なく説明を始めた。
「……そいつはぁ魔除けの銅像だ。ウラハ鉱石を原料に作った美術品で、半径五十メートルまでの範囲に魔物を寄せ付けることはねぇ」
貴重な資源ではあるが、その分効力も強い。高い商品価値を説明すると、シュラは不機嫌そうに目を細くして、カルラを見た。
「カルラさん、店先にあの像を置いたのですか?」
「そうだが?」
その瞬間、シュラは大きな声で怒鳴り出した。
「あれの題材、クトゥルフではないですかっ! 恐がって誰も近寄らないから、置いてはいけないと言ったではありませんか!」
「いーじゃねぇか、クトゥルフ。形容しがたい外見を忠実に再現した作品だぞ? 自慢してぇじゃねーか! 見せびらかしてーじゃねぇか!」
確かに、最近誰も買ってはくれないが、別にこいつのせいではないはずなのだ。
見ていると悪寒がするし、吐き気がしてくるし、目をそらしたくなるし、気持ち悪いと自分でも思うのだが、それでも……やっぱりこいつのせいかな?
疑問を持ったと同時に、コルブォは微笑んだ。
「これ、買います」
「え、いいのか?」
「はい、だって愛らしいではないですか」
コルブォは銅像だ掲げて、焦点の合わない危ない目で愛でた。周囲の視線は軽蔑で、カルラとシュラは恐怖を覚えていることにすら気づかないコルブォは、銅像にキスをすると、金貨の入った小袋をカルラに渡した。
「いくらですか?」
好青年な笑みを見せるコルブォに、シュラは答える。
「えーと、奇妙な銅像の代金は700,000Gですから……これがお釣りです。お受け取り下さい」
こちらの看板娘も、可愛らしい笑顔で小袋を差し出すと、コルブォは優しい口調で返す。
「気持ち悪い。貴方のような醜悪なものが触れた物体に接触したくありません、どうぞ取っておいて下さい」
「……」
おや、シュラが泣きそうだ。
小袋を掲げた状態で固まった美幼女を無視して、コルブォは上機嫌で去っていく。
「シュラ、イケメンなんて良いやつ居ねぇだろ?」
「……はい。本当に、人って外見ではないのですね、学びました」
醜形嗜好の公爵を避ける人々が、遠くからでもよく見えた。
コルブォ・ルンデルコーデル(26)
好きなもの……醜いもの
備考……基本的には民に優しく、賢い人物なのだが、美しいものが苦手で、美女や美術品をよす蔑ろにする。逆に醜いものが好きで、我を忘れる。
人は外見じゃない、財力だ!