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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.3~
74/411

3月11日曇り 『鍛冶屋1名』

「新しいやつ、入りましたか?」

「…………おい、何で居やがる?」


店を訪れた人物は、長髪の、普段とは異なり着物姿の、人間のような男だった。愛想笑いをしきりに浮かべる師匠に対して、カルラは迷惑そうに顔をしかめる。


「クロ、俺の店の住所なんて教えたか?」

「初めから知っていましたよ。どうやって手紙を送ったと思っているのですか?」

「図書館からの手紙も、てめぇの仕業か……」

「早く返さない方が悪いのです」


睨むカルラを意に介さず、クロは飄々と店構えを見て回る。そうしていると、奥の方から誰かが近づいてくる足音がした。


振り返るとそこには、ジャムを塗りたくったパンを口に咥える、ニコの姿があった。

ニコは無表情を僅かに輝かせ、クロに抱きついた。


「クロ、生きてたの」

「コイツのことを、知っていたのか?」

「うん」


クロは元囚人であるため、元騎士であるニコが知っていても不思議ではないのだが、懐かれ方が尋常ではない。

もしかしたら、何か特別な関係があるのだろうか。


「毎日、食後のデザート貰ってた」

「ただの、たかりじゃあねぇか!」


僅かにでもドラマチックを期待していた分、恥ずかしくなる。


「まあまあ、私も楽しかったので」

「だとしてもな……」

「ニコさん、お手」

「ん!」

「躾られてんじゃねぇか!?」


クロが逃げられたのは、この甘党のせいではないよな?

会話が中にまで聞こえていたのか、工房の扉が開き、そこから、ちょこんと一人シュラが出てくる。


クロの姿を確認すると、楽しげな笑みを浮かべて駆け寄って来た。


「お久しぶりです。クロさん」

「ええ、お久しぶりですね。カルラが迷惑を掛けていませんでしたか?」

「はい、たくさん!」


そこは、いいえと答えるところだぞ。とは、事実であることは疑う余地もないため、口には出来なかった。


「でしょうね」

「それで、何の用だ? お前が来るなんて、たいした用事でもないんだろ?」


クロは平然と、表情一つ変えることなく、カルラの問いに答える。


「弟子の顔が見たくなって」

「嘘だな。そんな顔をしている」

「カルラさん、ずっと同じ顔ですよ?」


もはや野生の勘に近い判断方法に、シュラは呆れた表情を浮かべるが、クロは笑って肯定した。


「よく分かりましたね。こう見えても、嘘は得意な方なのですが」

「分かりやす過ぎんだよ。ニコは分かったよな?」

「うん、今日はマシュマロゼリーにする」

「……そうか」


カルラは何かを諦めた様子でクロに向きなおすと、さっさと用件を言えと威圧する。


「仕方ありませんね。実は、抜き打ちで調べに来たのですよ。卒業試験なんてやっていませんでしたから」

「試験?」

「はい。もしも失格なら、この店を潰します」


とんでもないことを言い出すクロに、シュラはわなわな震え出す。ニコは理解できずに飴を舐め始めた。

念のために言っておこう、潰す気はない。だから、後者の方が正しかったりするのだが、面白いから黙っておく。


「それで、何を確かめるんだ?」

「昔教えた、三つのルールを守っているか、というやつです」


ふむ、覚えてない。そんな会話したっけ?


「では、まずはルールその一『鍛冶屋らしい商品であること』」


そう言われ、カルラはおもむろに商品のうちの一つを取り出した。


「あの、カルラさん。それは鍛冶屋らしくはないのでは?」

「鍛冶屋らしいだろ?」


手に握られていたものは、棒状のものに、網がついた輪。見た目通りの虫取アミであった。

クロはそんな、鍛冶屋らしいとは言いがたい商品を見て、満足げに答えた。


「鍛冶屋っぽいですね」


口を開けて驚くシュラに、カルラは言った。


「シュラ、言った通りだろ?」

「……何か納得しました」


この人が原因か。そんな目で、シュラはクロを見ている。


「その二『使えるかどうか』」


カルラはクロから虫取アミを受け取り、使い方を説明する。


「この網で対象を捕まえて、スイッチを押すと燃やせる。魔石さえあれば、凍らせることも可能だ」

「合格です!」

「虫取アミですよね?」


シュラだけが納得いかない様子でいる。それを見て、クロは笑みを浮かべている。

カルラは困惑するシュラを他所に、クロに尋ねる。


「それで、三つ目は?」

「『みんな仲良くやってるか』です。もう終わりました」


これだけは嘘ではなく、本当のことを言っているようだった。

照れた頬を隠すカルラは、そっと横を向いた。

けして、師匠に誉められたせいではないと、内心でいいわけをする。

キュクロウド・ホルスター

備考……王宮で迷子になったニコに出会い、デザートで懐柔した。脱獄には協力させてはいない。ただたまに、檻の鍵を持ってきて貰い、たまに王宮を散歩していた。

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