3月11日曇り 『鍛冶屋1名』
「新しいやつ、入りましたか?」
「…………おい、何で居やがる?」
店を訪れた人物は、長髪の、普段とは異なり着物姿の、人間のような男だった。愛想笑いをしきりに浮かべる師匠に対して、カルラは迷惑そうに顔をしかめる。
「クロ、俺の店の住所なんて教えたか?」
「初めから知っていましたよ。どうやって手紙を送ったと思っているのですか?」
「図書館からの手紙も、てめぇの仕業か……」
「早く返さない方が悪いのです」
睨むカルラを意に介さず、クロは飄々と店構えを見て回る。そうしていると、奥の方から誰かが近づいてくる足音がした。
振り返るとそこには、ジャムを塗りたくったパンを口に咥える、ニコの姿があった。
ニコは無表情を僅かに輝かせ、クロに抱きついた。
「クロ、生きてたの」
「コイツのことを、知っていたのか?」
「うん」
クロは元囚人であるため、元騎士であるニコが知っていても不思議ではないのだが、懐かれ方が尋常ではない。
もしかしたら、何か特別な関係があるのだろうか。
「毎日、食後のデザート貰ってた」
「ただの、たかりじゃあねぇか!」
僅かにでもドラマチックを期待していた分、恥ずかしくなる。
「まあまあ、私も楽しかったので」
「だとしてもな……」
「ニコさん、お手」
「ん!」
「躾られてんじゃねぇか!?」
クロが逃げられたのは、この甘党のせいではないよな?
会話が中にまで聞こえていたのか、工房の扉が開き、そこから、ちょこんと一人シュラが出てくる。
クロの姿を確認すると、楽しげな笑みを浮かべて駆け寄って来た。
「お久しぶりです。クロさん」
「ええ、お久しぶりですね。カルラが迷惑を掛けていませんでしたか?」
「はい、たくさん!」
そこは、いいえと答えるところだぞ。とは、事実であることは疑う余地もないため、口には出来なかった。
「でしょうね」
「それで、何の用だ? お前が来るなんて、たいした用事でもないんだろ?」
クロは平然と、表情一つ変えることなく、カルラの問いに答える。
「弟子の顔が見たくなって」
「嘘だな。そんな顔をしている」
「カルラさん、ずっと同じ顔ですよ?」
もはや野生の勘に近い判断方法に、シュラは呆れた表情を浮かべるが、クロは笑って肯定した。
「よく分かりましたね。こう見えても、嘘は得意な方なのですが」
「分かりやす過ぎんだよ。ニコは分かったよな?」
「うん、今日はマシュマロゼリーにする」
「……そうか」
カルラは何かを諦めた様子でクロに向きなおすと、さっさと用件を言えと威圧する。
「仕方ありませんね。実は、抜き打ちで調べに来たのですよ。卒業試験なんてやっていませんでしたから」
「試験?」
「はい。もしも失格なら、この店を潰します」
とんでもないことを言い出すクロに、シュラはわなわな震え出す。ニコは理解できずに飴を舐め始めた。
念のために言っておこう、潰す気はない。だから、後者の方が正しかったりするのだが、面白いから黙っておく。
「それで、何を確かめるんだ?」
「昔教えた、三つのルールを守っているか、というやつです」
ふむ、覚えてない。そんな会話したっけ?
「では、まずはルールその一『鍛冶屋らしい商品であること』」
そう言われ、カルラはおもむろに商品のうちの一つを取り出した。
「あの、カルラさん。それは鍛冶屋らしくはないのでは?」
「鍛冶屋らしいだろ?」
手に握られていたものは、棒状のものに、網がついた輪。見た目通りの虫取アミであった。
クロはそんな、鍛冶屋らしいとは言いがたい商品を見て、満足げに答えた。
「鍛冶屋っぽいですね」
口を開けて驚くシュラに、カルラは言った。
「シュラ、言った通りだろ?」
「……何か納得しました」
この人が原因か。そんな目で、シュラはクロを見ている。
「その二『使えるかどうか』」
カルラはクロから虫取アミを受け取り、使い方を説明する。
「この網で対象を捕まえて、スイッチを押すと燃やせる。魔石さえあれば、凍らせることも可能だ」
「合格です!」
「虫取アミですよね?」
シュラだけが納得いかない様子でいる。それを見て、クロは笑みを浮かべている。
カルラは困惑するシュラを他所に、クロに尋ねる。
「それで、三つ目は?」
「『みんな仲良くやってるか』です。もう終わりました」
これだけは嘘ではなく、本当のことを言っているようだった。
照れた頬を隠すカルラは、そっと横を向いた。
けして、師匠に誉められたせいではないと、内心でいいわけをする。
キュクロウド・ホルスター
備考……王宮で迷子になったニコに出会い、デザートで懐柔した。脱獄には協力させてはいない。ただたまに、檻の鍵を持ってきて貰い、たまに王宮を散歩していた。




