3月10日雨 『宿屋1名』
「新しいの~」
「あれ、カルラ兄ちゃんとシュラ姉ちゃんは?」
目の前の少年は、物珍しそうな眼差しでニコを見てから、周囲を探すように視線を動かした。
飴玉を口の中で転がしながら、ニコはこてりと首を傾げる。
「誰?」
「タルトって言うんだけど、知ってる?」
「ううん、知らない。でも覚えたからいい」
友好の証なのか、ニコは飴玉を差し出すと、タルトはどうもと受け取り口に放り込んだ。
甘ったるい味に顔をしかめながらも、タルトは初めと同じように尋ねた。
「それで、兄ちゃん達はどこに居るの?」
「お買い物」
「へぇ」
「俗に言う、お買い物デートよ」
「言い換える必要あったかな?」
想像してみれば、ただの親子の買い物にしか見えないのだろうけど、それでもシュラは喜びそうな単語だ。
しかし、現実とは残酷もので、カルラの方は絶対にそうは思っていない。
タルトはふと疑問に思って、ニコの顔を除き込むた、それを口にする。
「そういえば、あんたは二人の何だ?」
「ニコ?」
考えたこともなかったのか、深く深く考え込んで、腕を組んで揺れている。それでも答えが出なかったようで、不機嫌そうに瞼を半分閉じてこう言った。
「ニコとは誰? 神は何故ニコを作ったの? ニコは神?」
凄まじい混乱である。とりあえず、神ではない。
「いや、姉ちゃん。僕はただ何しているのかって聞いただけだよ?」
「何だそんなこと……」
再び深く考え込んで、ようやく思い付いたらしく、表情を明るくタルトを見た。
「ニコは鍛冶屋のペット。これ、完璧」
「絶対に勘違いされるよね? お手伝いとかでしょ。カルラ兄ちゃんの噂がグレードアップしちゃうから、そう言ってあげて」
「……うん?」
分かったのか、分からなかったのか、そんな曖昧な返事をする。
確かに、この動作からは犬や猫のような、予測できない可愛らしさがあるのだが、せめて人と扱ってやらなければ、色々と問題が生じるだろう。
ぼんやりと、店の品を見て時間を潰していると、今度はニコが尋ねた。
「タルトは誰?」
「僕?」
少し前までは誰でもなかった。ただの泥棒で、生きるために生きている、そんな生活をしていた。
でも、今は違う。
人が居て、出入りして、笑い会える場所にいる。
「僕は宿屋の息子だよ。少なくとも、今は」
雨音に混じって、足音が近づいてくる。ここは人が通る道。
タルト・ローマン(8)
備考……宿屋では接客を行っているため、口達者。カルラから武術も習っている。