3月9日晴れ 『法師1名』
「新しいの、入ったぞー」
朝方、店の前に出てみると、そこには当たり前のように僧侶が立っていて、包帯だらけの赤い顔をにやりと笑わせていた。
「おう、カルラ。また来たぜぇ~」
絶対に消毒用ではないアルコールの臭いが口からして、近づいてくる酔いどれから顔を背ける。
そして、カルラは至極残念そうに呟いた。
「何だ、怪我が治っちまったのか……」
二度と来なければいいのに、という意味を含ませたつもりなのだが、どうにもこの僧侶は人の言葉を聞くことが苦手なようで、何故か楽しそうに言った。
「もっと喜んでくれてもいいんだぜ? 友達なんだから遠慮はいらねーよ」
「うるせーよ、お前を友達にした覚えはねぇ。なりたかったら友達料を払ってからにしろ!」
「何だ、素っ気ねぇな」
可愛らしいつもりなのか、ライは口尖らせる。肩を組もうとする腕を払い除けると、その視線が誰かを捉えていることに気がついた。
振り替えると、寝間着姿のニコがぼんやりとした目でこちらを見ていた。
「カルラ、おじさん生きてる」
「ああ、何でだろうな。不思議で仕方ない」
「ちゃんと急所突いたのに」
流石プロである。それなのにピンピンと、平気そうにそこに居るのだから、本当に得たいの知れない。
いや、平気では無いのか。
「よ、よう……、ニコ嬢ちゃん。元気か?」
「超げんきー」
超眠そうにニコが答えると、その動作の度にライが怯えているようだった。
「ライ、ニコが恐いのか?」
「まっさか~。いい歳して、ガキが怖いなんて、そんな~」
「おーい、目が死んでるぞー」
先程まで赤かった顔が、包帯の下からでも分かるほどに青ざめている。
よほどの恐怖体験だったらしく、カルラの後ろに隠れて小刻みに震えて、何とかニコを直視していた。
「おじさん、生きてるの?」
「仕留め損なったな」
ニコに軽く業務上の失敗を諭していると、ライが袖を引っ張る。つい癖で下に向けた視線を上に戻す。
「うわ、爺だ」
「誰が爺だ? カルラ、年長者は敬うもんだって、神様も言ってたぞ?」
「そういうんなら、神様を敬ってみやがれ。服装と中身が違いすぎで面倒くせぇんだよ」
そう言うと、ライは侮蔑の表情を空に向ける。
「嫌でぇ。俺は見たことあるもんしか信じねぇの。そして、知った、鬼は居ると」
「倒置法で何言ってやがんだ? とりあえず、この世には敬う必要のねぇ大人も居るってことも信じろ。ダメ人間」
聞く耳も持たないらしく、おお欠伸をしてカルラの言葉を無視する。
いつまでも構ってやるわけにも行かないため、カルラはライに尋ねた。
「で、何しにうちに来たんだ?」
「良いこと聞いてくれた! 実は薬がよぅ~ーーー」
「おじさん、お酒」
その声に反応して、振り替えると、ニコはふらふらと近寄ってきていた。
いつもの如く、隙だらけの格好なのだが、ライには何かトラウマになっていたらしく、一瞬で後方に飛んだ。
「いや、今日はいいや。俺も悪かったから、慰謝料も勘弁してやる!」
「おじさん」
「じ、じゃなっ!」
得意の逃げ足で去っていく人影を見送っていると、ニコの手に一升瓶が握られていることに気がつく。
ニコの持ち物ではないことを知っていたため、カルラは尋ねる。
「それ、何だ?」
「お酒。この前のお詫びにあげようかと思ったの。でも、要らないって」
タダ酒飲みが酒を見逃すとは、珍しいこともあるものだ。
持て余した贈り物を凝視するニコを、カルラはじとりと睨んだ。
「……飲んじゃダメだからな?」
次は俺の番になる。
「分かってる。お酒は二十歳になってから」
このまま時間が止まればいいのにと、本気で願った。
俺は信じているから、神様助けて下さい。
ライ・ライオット(50)
備考……最近出すぎて書くことなくなった。また酷い目に合わせよう。