3月3日晴れ 『珍客1名』
「新しいの、入ったぞ~」
「違ぇよっ、何度言ったら分かんだよっ! こう新しいの、入ったぞーって、気合いを入れるんだよ」
レトロ工房に、新しい従業員が増えた。
元十二騎士団狙撃部隊隊長。
龍と称させるほどの騎士にして、中遠距離支援のエキスパートにして、三度の飯を甘いもので済ませるほどの甘党で、年下の友人でもある、ニコ・スタイナースをつい昨日から雇っている。
退社の理由は話そうとしないが、話したくないことを無理に聞き出したりはしないのは、別に紳士だからというわけではなく、ニコが拷問の訓練を受けているからだ。
時間の無駄である。
面倒なことでなければいいのだが。
ニコに挨拶の指導をしていると、弟子のシュラが歩み寄ってきた。
「カルラさん、そろそろ仕事をしてください」
「しているじゃねーか。今、ニコに挨拶の極意を伝授しているところだ」
「別に構いませんが、あまり大きな声を出さないで下さいね。また苦情が来ますから」
「……はい」
シュラに引っ張られ、カルラは釜戸のある部屋に向かう。残って店番をするニコの方を振り返り、最後に注意だけを促す。
「変な客が来たら追い返せ。危ないやつが来たら殺せばいい」
「ニコ、それは得意」
「良くないです! ……ニコさん、対応に困ったら呼んでくださいね、すぐそこに居ますから」
「分かった」
その言葉を聞いて、二人は扉を引き、熱の籠った室内に消えていく。
ニコはぼんやりと、誰も来ない午後の時間を、流れる雲を眺めながら潰していく。10分ほど経って、一人の男が訪れた。
「おう、邪魔すんぜぇ……って、姉ちゃん誰だ? カルラや、シュラちゃんは?」
鈴が付いた錫杖を鳴らしながら、僧侶の格好で現れた男は、どうやら店の主人たちのことを知っているようだった。
「お仕事してる。邪魔はさせない」
「へいへい。なら、待たせてもらうぜ」
縁側に座り、徳利の蓋を開け、喉を鳴らしながら仰ぎ飲む。
「お酒臭い」
「酒を飲んでるからな。飲むかい?」
「未成年は飲んじゃダメって、カルラが言ってた」
「頭が硬ぇなあ。オジチャンの時代なら、ガキだって一度は飲んだことあるもんだ。女の子が飲んだら、そりゃあ色っぽくーーー」
そこまで聞こえて、ニコは男の目の前まで詰め寄った。
「詳しく」
「お、おう……。えーと、酒を飲むと顔が赤くなって、仕草に隙が出来んだ。だから、男は守ってやらねぇとって思うらしいんだ……が、カルラにでも使うのか?」
「うん。カルラ、ニコを甘やかさないから」
男から徳利を奪い取り、飲み口を凝視する。そして、男の方をちらとだけ見ると、小さく溜め息をつく。
「おじさん可愛くないから、無駄かもしれない」
「オジチャンが可愛くなったら、気持ち悪いだろう」
「うん」
「虚しいな。ああそうだ、酒を一気に飲むのはお勧めしな……いっ!?」
ニコはその忠告も聞かずに、ぐびぐびと、水を飲むように口の中に入れていく。
慌てて止めさせようと、男が手を伸ばしたときには遅く、すでに徳利は空だった。
「ん~……」
ニコの首は据わらず揺れ動き、顔は真っ赤に染まっている。明らかに普通ではない状態に、男は戸惑う。
「おいおい大丈夫か?」
「おじさんぅ?」
ニコは舐めるような動きでゆらりと男の膝に手を付き、顔を、鼻の先が付きそうな程近くに寄せる。
荒い呼吸が当たり、緊張が走った。
そして、次の瞬間、男の額にヘッドバッドが炸裂した。
「うがっ、がふ」
「おじさんが増えた。魔法使い。危ないやつ。……殺せって、カルラが言ってた」
「ちょ、ちょちょ、落ち着け、お願いだか……ら……」
「覚悟」
「うわぁ、うぎゃあぁぁあーーー……!」
30分後、一区切り終えて外に出てみると、血祭りが始まっていた。そして、それはまだ途中のようで、終わりは見えそうにもない。
「お、おいニコ、どうした? 何があった?」
「カルラぁ? カルラも魔法使い?」
「はぁ?」
理解できずに立ち尽くすカルラに、よろよろとニコが近寄ってくる。焦点の合わない目でこちらを見つめると、糸が切れたようにカルラの腕の中に倒れ込んだ。
「抱っこぉ……」
眠りこけ、動かなくなった体からは、強い酒の臭いがした。
荒らされた店内の隅で、血を流して倒れている人物の服装には心当たりがあり、こんな物を渡す悪友は一人しかいない。
「ら、ライさん!? どうされたのですか?」
シュラが駆け寄り、揺するが起きる気配はない。
「ニコに、酒を飲ませたんだろうよ。昔、部隊長会議のときに飲んで以来、飲ませないようにしていたのにな」
「こんなに酒癖が悪いのですか?」
「その時に付いたアダ名が、狙撃部隊の龍だった」
「……味方に呼ばれる程ですか」
龍の逆鱗に触れたが最後、まともにニコの顔を見れなくなるそうだ。起きたときには記憶を無くすのだから、学ぶことはない。だから、無警戒に、勧められたら飲んでしまうのだ。
きつく叱って戒めて然るべきなのだろうが、寝顔があまりに安らかだからか、誰もそれをすることは出来ない。
甘党の天災は、人を甘くする天才だったりするのだろう。
ライ・ライオット(50)
特技……結界魔法
備考……なんとなくニコと過去の客を絡ませてみたら、祭りになりました。りんご飴があれば、血祭りでも良いよ?




