3月2日雨 『甘党1名』
「新しい料理を覚えたのですよ!」
シュラが鍋を両手に持ち、楽しそうに言う。
「ほう、これは美味しそうだなぁ。シュラちゃんは、きっと良いお嫁さんになるよ。俺のところに来てくれないかい?」
その言葉を聞いて、シュラは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。カルラはテーブルに頬杖を付いて、苦々しい顔でそんな会話を見ていた。
「それは俺の真似か? ニコ」
「似てた? 渾身の出来」
向かいの席に座ってニコは意気揚々とそう言うと、カルラは横に首を振る。
「俺はそんなにキザったらしくねぇ。あと、胃袋掴んだ程度で求婚するような原始人はいねぇよ。男は心を掴まねぇと逃げ出すんだ」
「そう、一からやり直す」
「ゼロにしたまま、二度と積み上げるな。上手かったら、それはそれで腹が立つから」
ニコは落ち込んだのか、視線を伏せる。
言い過ぎたのかと思ったが、よく見ると、シチューが盛られた皿を凝視しているだけのようで、心配した損失を返して欲しい。
カルラの前にも皿が運ばれたところで、シュラはニコに尋ねた。
「今日はどのような御用事なのですか? カルラさん、何も言ってくれなくて……」
「はぁ? シュラが呼んだんじゃねぇのか?」
「え……?」
朝起きたらニコが居た。いつ来たのかは分からないが、当たり前に居るから、お互いにお互いが誘ったものと思っていたようだ。
まあ、つまりは不法侵入だ。
「ニコ、どういうことだ?」
「会いたくて、来ちゃった。てへっ」
ニコは、顎を両手のひらに乗せ、無表情のまま、コテッと首を傾けて、上目遣いでカルラを見た。
「可愛く見せたいんなら笑顔を作れ。シュラはそういうの得意だぞ。ほら、見せてやれ」
「しませんし、得意ではありませんっ!」
シュラは息を整えて、困った表情でニコを見る。
「ニコさん、どうして急に訪ねていらっしゃったのですか?」
シュラの問いに、砂糖とミルクでほとんど白く染まったコーヒーを飲んでから、ニコは寂しそうに視線を泳がせる。
「だから、会いたいからって」
「それだけか?」
「ついでに、騎士辞めたから雇って貰おうと思って」
正直なのは良いけれど、だからって別に誉めたりはしない。そこまで物分かりの良い大人ではないからだ。
「何で辞めたんだ? あそこは給料だけは良いだろ?」
「言えない。国家機密」
どうしても言いたくないのか、ニコは目を合わせようとしない。
「それ抱えて、うちに来るなよ。この前まで国家の陰謀抱えて四苦八苦してたんだから」
元身内とはいえ、多少交流があったとはいえ、だからといって危ないものは持ち込みたくないのだ。
「……分かった」
「分かってくれたか」
ニコはこくりと頷き、目を閉じて唇を突き出す。
「うん。キスまでなら良いよ?」
「何も分かってねぇじゃあねぇかっ! さっきまで何を聞いてたんだ!?」
背後に気配を感じて振り返ると、今にも人体くらいなら焼き尽くせそうな炎を持った、シュラが笑みを浮かべて立っていた。
弟子に気を使いながら、カルラは断ろうと口を動かす。
「うちには、もう一人分を雇う余裕はねぇ」
「お金はある。半分あげる」
「そこまで言われたら仕方ない。雇おう! 雇わせて下さい!」
目の前に金が詰まった袋を出されたら、誰も抗うことは出来ない。だからシュラちゃん、そんな冷たい目で見ないで?
ニコがナカマになりたそうに、こちらをみている。ナカマにしますか?
・はい
・イエス
ニコ・スタイナース(19)
休日の使い方……甘味巡り
備考……訳有りの従業員が仲間になりましたね。女子のキスよりもお金は大事。キスって買えるんですよ?(哀)