2月27日晴れ 『帰路にて』
後に分かることなのだが、全ては十年前より計画されていたことなのだとか。
クロが魔族であることを知っていた国は、作品を少しずつ買い付けて、魔族達に渡していたそうだ。
そこに偶然にも生意気な若造が、騎士団の部隊長に付いた。偶然による死を狙っていたトルは、その若造がクロと接触する場面に遭遇してしまった。
クロが投降しやすくなるように、わざわざ防衛隊長を殺して異動させ、事前に打ち合わせしていた砦を襲う。人間を襲った武器が、魔族の作った物であれば、勝利ではなく和解という道を選んだ国への憎悪を、逸らすことが出来ると考えたようだ。
実際は、ホネストの計らいで公表は避けられたようだが。
しかし、国の政策に絡み取られた命は帰ることはなく、どれほど死人を労ろうとも、癒える傷はない。
魔族の名工は、人知れず、陰謀の中で死んでいく……はずだったーーー、
「新しいやつ、入りましたよー」
モダン工房の前には、長髪の男が、一目見ただけでは分からない作り笑いを浮かべている。
店の前に立つ二人の鍛冶屋は、唖然としていた。
「おや、カルラ。久しぶりですね。元気でしたか?」
幽霊にしては元気そうで憎らしい。
「何で生きてやがる。お前のせいで、危うく国賊になるところだったんだぞ」
困惑するカルラを見て、シュラは目の前の人物を理解した。
「え、もしかして、この方がキュクロウドさんですか?」
「ええ。初めまして、ハーフエルフのお嬢さん。いつもカルラがお世話になっています」
「えと、こちらこそ……」
まったく動じないクロの反応に、シュラはおどおどと小さくお辞儀を返す。
その顔に見覚えがある周囲の人々も、驚きから何度かこちらを見ている。
カルラはもどかしくなり、苛立って一歩前に踏み出す。
「質問に答えろ、クロ。何で、どうやって生きてたんだ? 死んだって聞いてたんだぞ!」
「心臓を止め、体を腐敗させて、死んだふりをして逃げました。起きたら臭くて驚きました」
「はぁ!?」
そんなおかしな魔法があるのだろうか。シュラを見ると、顎に手を当てて、考える素振りを見せている。
「カルラさん、黒魔族は優れた黒魔術を使うのです。特に、魂に関する魔法は、他の部族を圧倒するものと聞きます」
魔法が使えることは知っているが、まるで倫理観を無視している内容だ。まあ、最初から常識に欠ける奴ではあるのだけれど。
「そもそも私の生存などは、手紙が届いた時点で分かりそうなものですがね」
……確かにそうである。
手紙は設計図の片割れが入っていて、そのもう片方が王宮にあるのならば、檻を出てから設計図に書かなければ成立しない。
手紙が調べられないはずもないため、司書に送るには、手渡しが必須だろうし。
「ライブラには助けて貰いました。今度、お礼をしなくては」
「それなら、俺の方が先だろう。金を払え」
「そうですねぇ……。今は無一文ですので、とりあえず」
そこまで言って、クロはカルラの頭に手を乗せる。いつもより、少し暖かい笑みを浮かべる。
「よく出来ました。流石、私の弟子です」
この時ようやく、愚かな弟子は師に認められたのだった。
間違えては誤り、謝るべきことが心に残る。引き返すには遅すぎる年月が過ぎているけれど、今はなんとなく、言葉は無意味に反響しそうだった。
「ガキじゃねぇんだから、触んな」
「おや、反抗期ですか? では、シュラさんに……」
振りほどくと、その手はシュラに向くが、軽く逃げられる。
「ここに来てから、子供扱いが増えた気がします」
そういえば、トルの時も、ガキとか、チビとか、まな板とか言われていたような気がする。
「何か、余計な言葉が付いた気がします……」
膨れるシュラを宥めながら、カルラは店の奥に入っていく。しばらく鍛冶をしていないから、落ち着かない。
それを察したのか、二人も付いて歩く。
扉に手を掛けたとき、カルラはひとつ思い出す。
「そういや、牢屋でお隣さんに会ったな。面会に行ってやりゃ喜ぶんじゃねぇか?」
「そうかも知れませんが、難しいですね」
「どうして? 王宮に弱味が出来たし、案内してやれるぞ?」
クロは口元に笑みを作って言う。
「だって、あの人は本物の国王ですから」
「は?」
後に分かることなのだが、トルは国の決定を操るために、国王を入れ替えていたそうだ。
しかし、思うのだ。それを知っていたのなら、初めから教えてくれたら早かったのではないのかと。
クロは楽しそうに、不敵な笑みを張り付ける。
国王
備考……隣国のスパイと入れ替わり、牢獄に入れられる。重責から解放され、毎日何もしなくても料理が出てくる日々が気に入ってしまった。