2月26日雨 『騎士と鍛冶屋』
「新しいの、見つけたぞー」
「……あの、カルラさん」
シュラは周囲を見回しながらそう尋ねる。言われて、カルラも同じように部屋の状態を確認する。
本棚の本は手当たり次第に取り出され、引き出しは鍵付きのものも含めて開かれている。まるで、盗人にでも入られたかのようだ。
「こんなことして、大丈夫なのでしょうか?」
そして、犯人はここにいる。
王の寝室に入り込み、灯りを消して家捜しをしているの、その最中だった。
何故ここなのかと言うと、確率が高いという、まるで泥棒のような感覚であるが、断じて泥棒ではない。見つけ次第燃やすから。
カルラは手に持った無数の紙切れを床に落とし、ゆっくりと立ち上がる。
「ダメに決まってんだろ。だから、お前は来るなって言ったんだ」
「いえ、私はカルラさんの弟子ですから、行かないというわけにはいきません!」
暗がりでも分かるほどに、頬を赤くしてシュラは膨れている。子供のような頼りない外見に、カルラは笑みを溢した。
「ま、いざとなったら迷子になったと言い張るか」
「迷ったついでに荒らされたら、王様も怒ると思いますけどね」
「隠し扉があるかも知れねぇだろ? たとえば、このペン立てを回してーーー」
カチャ、ガガガ……。
歯車の回る音がして、開いたものは机の後ろの壁だった。
驚いて固まる二人だが、恐る恐るその中を見る。明かりを灯すと、そこにはいくつもの本棚が置かれた部屋があった。
その中央には、豪華な室内には似合わない、質素なちゃぶ台が、我が物顔で鎮座していて、設計図が乗っていた。
「あ、設計図」
「え……。何故こんなところに?」
困惑するシュラはカルラを見てそう言った。
まるで誰かが、この状況を見越して置いたかのような、明らかに罠であることを主張しているような、そんな奇妙な配置である。
カルラはあることに気がついて、振り替える。
「おおっと、カルラ。俺は味方だ」
両手を降参というように小さく上げて、背後に立つトルは言う。
「トルさん」
「シュラ、下がれ」
近寄ろうとするシュラを、カルラが引き留める。
「どうしたんだ、カルラ?」
「お前だろ。師匠の武器を魔族に渡して、防衛隊長を殺した犯人」
いつになく真剣なカルラの言葉を、トルは鼻で笑った。
「どうしてそうなる?」
「簡単な話だ。俺が異動する時、王宮に呼ばれた時、そしてたった今、どうしていつもお前が居る? 偶然にしては出来すぎだろうが? いつから伝令部隊に入ったんだよ、トル」
「偶然かも知れねぇだろう。国王に進言出来るのは、俺だけじゃねぇ。ホネストなんか、一番怪しいぞ? 何せ、お前の師匠を捕まえた奴だ」
冷徹な、国にだけ仕える男の姿が思い出される。真面目で融通の利かない性格は、どこか重なる。
「あいつがクロを捕まえたとき、その容疑は前防衛隊長暗殺の件だった。魔族に武器を流したことよりも、身内に関すること調べていた。真面目な近衛部隊長殿は、職務以上のことはしねぇんだよ」
溜め息を付いて、やれやれとトルは肩を竦める。このまま時間を潰して、国王や兵士が入ってくれば、魔族が使ったこの兵器について言及できる。
「はぁ……信じてくれねぇのか。お前のことは結構好きだったんだがな」
「女以外からの告白なんざぁ、虫酸が走る」
「そこまで分かっているんなら、俺がお前を呼んだ理由も分かるよな?」
ただし、それをさせてくれたら、の話だが。
「王宮中を調べさせて、スパイ容疑で捕まえる。凶悪破壊兵器の証拠がなければ、ただの罪人だからな。そうだろ、トル」
「もう、覚えなくていい。どうせ、檻の中じゃ意味はない」
トルは背負った大斧を抜き、瞬時に降り下ろす。床が割れる程の衝撃を、カルラは何とか後ろに跳んで回避する。
「へぇ、まだ戦えるのか。ガキとオママゴトをしていたのによぅっ!」
横薙ぎの斧を、カルラは鎚で受け止めた。強い衝撃が腕にまで伝わり、大きな音が部屋中に響いたのだが、トルの背後にある扉は開く気配もない。
「結界か、クソ……」
「魔法才能0の癖に、よく分かったな」
重い武器を振り回し、トルはカルラを圧倒する。現役の騎士相手には部が悪い。
「カルラッ! 手足は切っても生かしてやるよ、チビ弟子と一緒になァ!」
上から振り下ろす大斧の一撃を受け凌いだとき、カルラの鎚には深くヒビが入る。膝を付き、怪しく笑うトルを見上げる。
まともな武器があれば、この憎たらしい顔を切れる。
その時、空気が変わった気がした。振り返るまでもなく、後方に構えたシュラの気配は先程よりも強く感じる。
シュラは両手を拝むように重ね、瞼を閉じて唱える。
「『地図を描く創造の巨人よ、築く者の総称よ。』」
「詠唱魔法か?」
部屋が明るくなる程の魔力がシュラの体から溢れ出る。危険を察知したトルは急いで斧を引き、隠し持っていた短剣を投げる。
「させるか!」
力の抜けた斧を避け、腕を伸ばす。刃はシュラのすぐ前で、カルラの腕に刺さって止まる。
トルは目が見開き、怒りの形相で斧を頭の上に掲げる。
「カルラァッ!」
「『願いを込めた文面を辿り、偶像の海へ投げられた存在に光を灯したまえ。閃きを神々の炉で溶かし、名工の指先にて甦れ。』」
魔力はさらに輝きを増し、トルの目を眩ます。しかし、一瞬遅れながらも、その攻撃はカルラの頭目掛けて落ちていく。
「詠唱魔方陣発動『鍛冶仕事』!』
ガッ……。
鈍い音が室内には響く。斧はカルラの頭で制している。
頭部からは血潮はなく、その代わり両手には、重い刃を受け止める黒い2つの剣と。部屋中に展開された魔方陣があった。
「黒鋼の双剣……? こういうのは、もっと早く出してくれねぇか」
手慣れた様子で剣を弄ぶカルラは後ろを見ずに尋ねる。魔法の維持に専念するシュラは、構えたまま答えた。
「結界魔方陣を書き換えさせるのに、時間が掛かってしまいました。カルラさんこそ、もう少し時間を稼いで下されば、もっと大技が出せたのですよ?」
「じゃあ頼む。二三日掛かっても問題ない」
「そんなにお店は閉められませんからね。今月も厳しいのですから」
通常運転。反撃の時間である。
トルは斧を握り直し、慎重に、体勢を低く構えて嘲笑う。
「余裕そうだな、カルラ。攻撃なら俺の方が上手なのに」
「お前のお陰で、守るのが得意なのことに気がついたんだ。お前よりも俺は強い」
「ほざけっ!」
踏み込んで一撃、トルの斧が向かってくる。
「『シールド』」
カァァンッ。
火花が散るほどの衝撃を、魔法により変化した盾で防ぐ。カルラは盾をトルの腹にぶつけて、一歩後ろに下がると、武器の変化を予想して、踏み込んだ。
「『パネトレイトスピア』『カットソード』『ハードハンマー』ーーー……」
代わる代わるに変化していく武器を不規則に、攻撃手段を変えて当てていく。
そして最後に、武器を腰に辺りに構え、息を整える。
知る限り、何もかもを切る剣。
師を越えるべく作った不良品の形は、頭に入っている。
「『スペシャルブレイド』」
「……終わりだ」
抜き身の刀に変化した武具は、トルの鎧を切り裂く。血を流して倒れる体はずしりと、床を打ちならす。
力尽きて膝を付くカルラと、へたりこむシュラ。魔方陣が消えると、手の内から武器は消えてなくなっていた。
そのとき、勢いよく扉が開く。
「何があった?」
ホネストは珍しく困惑しているようで、視線が忙しく動いていた。
しかし、説明するにはあまりにも長いため、ひとまず黙って寝転んだ。
長短編『生真面目騎士が遅れた理由』
「隊長、大変ですっ!」
「今は手が話せない。あと少しで天ぷらが完成する。箸と皿を出して待っていろ」
「了解しましたっ!」