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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.2~
57/411

2月22日回想 『愚か者1名』その結

「新しい情報はまだか?」

「まだ、伝令部隊は来ていません。何か問題があったのかもしれません……」


防衛部隊に異動してから僅か1ヶ月で、カルラは最善線の少数での砦防衛任務に付いていた。

魔族の進行調査拠点として、この砦は重要な意味を持つ……っと、指令部隊からの達しだ。どれだけ大事だろうと、とりあえず、死なないようにしていればいい。


「隊長、その剣は何ですか? 見たことのない色をしていますが……」


同時期に配属され、お目付け役として選ばれた新人が、カルラの手入れしている剣を見て、目を白黒させている。

それは、クロの鍛えた剣で、美しい緋色の刀身を持つ刀だった。

期待の籠った質問を無下にできず、クロの受け売りを、カルラはそのまま口にした。


「これは結界を張りながら切れる、特殊な剣で、地面に差せば防壁に、振るえば結界の刃が飛ぶ、そんな剣だ」

「す、すごいですね。僕も、出世したら貰えるのでしょうか」

「いい店を知ってるだけだよ。今度、お前も連れてってやる」

「ありがとうございます!」


新人は、元気よくそう言った。

このまま平和に、何事もなく戦争が終わってくれたのなら、願ってもないのだが。

そんなことを、カルラは考えていた。


雲を眺めると、陰りが見え、そろそろ雨が降りそうな天気に変わっていた。


「おい、そろそろーーー」


ふと、風の中に変な臭いがした。

ここに来て数日は嗅いでいない、焦げ付くような臭い。

高台に上がって、単眼鏡を取りだすと、カルラは風上の方を探した。


「魔族だ。テメーら、警戒体制に入れ! 魔族が攻めてきたぞっ!」


すぐそこの森、すぐその辺りまで、魔族の小隊と思われる軍勢が群れを成して、こちらに向かって歩いていた。

明らかにこちらを狙って武器を構える軍勢に、カルラの防衛部隊は訓練通りに陣営を構えた。



燃え盛る炎が視界にぼやけ、カルラは瞬きをした。

次に目を開けたとき、その時、カルラの体は医務室に居た。


「……ここは?」


近くに居た人影に尋ねる。


「気が付いた?」

「イグ……? じゃあ、ここは王都か? ……砦はどうなった? 部隊はっ!? ……っ!!」


勢いよく起き上がると、身体中に激しい痛みが走る。体を見ると、火傷や切り傷、打撲が包帯の隙間に見える。


「落ち着いて、ここは砦よ。貴方はここを守りきったわ。……でも」


そう言って、イグは言葉に詰まる。その先は聞きたくないのに、耳を塞ぐための腕は持ち上がらない。


「部隊は貴方以外全滅。魔族を追い返した後、火災によって死んだそうよ」

「火事? 俺は外に居たのか?」


記憶が混濁している。訓練通りなら、砦から出るはずはない。あいつらを残して逃げたのか? 俺は……。

イグは、常に冷静だった目を、今日は悲しそうに俯かせている。


「いいえ。貴方の傍には結界が張られていたそうよ。それが熱や煙を防いでくれていたみたい」

「あの剣……」


仲間を守るために選んだ剣は、自分しか守らなかった。その事実は、胸の奥で冷たく刺さる。

イグの手が、カルラの手をそっと握る。

天井を見ていたから、彼女がどんな顔をしているのかを、今も知らない。

ただ、雨が降っているのか、冷たい滴が降ってきた。



魔族との戦いから三ヶ月後、カルラが退院したその日、戦争は終結していた。

結果は両者の和解。イグによると、正確には停戦に近いもので、また戦争は起こるだろう、ということらしい。

怪我が治ったその足で、快気祝いということにして、能天気なあの男に慰めてもらうために、カルラは工房へと向かった。


店の近くは異様に混んでいて、掻き分けなければいけないほどの人が、商店街にたむろしていた。

祭り? 勝ったわけでもないのに。

歩いていくと、いつしか人の壁が抜け、見知った顔が見えた。


「クっ……ロ?」

「おや、カルラ。怪我は治ったようですね、安心しました」


いつものように平然と、そう言うクロの手は後ろで縛られていて、拘束する縄の先には国の兵士が立っている。


「ど、どうしたんだ? 何かやったのかよ?」

「大罪を犯しました。弟子に手をかけるなど、師として最悪の行為です」

「何言ってんだよ。お前の剣が無けりゃ、俺は今頃ーーー」

「カルラ、貴方を切った剣はどんなものでしたか?」


クロは冷たく、凍てつくような声でそう言った。

言葉を遡り、カルラは記憶の棚から思い出す。

魔族とは言え、小隊程度に負けるような部隊ではなかったはずだ。燃やされたとは言え、対処出来る設備もあったはずだ。

そんなことが出来ないほどの攻撃力が、魔族に備わるとしたら、魔族が特別な武器を持っているとしか思えない。


カルラは思い出す、降り下ろされた刀身を。


「お前の……武器……」


結界の張られた斬撃。新人が言っていたように、普通ではない武器。この世に二本と無い武器が、そこにはあった。


「はい。私の責任です」

「違う!」

「もっと、考えるべきでした。貴方の言うとおりです」

「違うだろ! お前が魔族を助けるはずがない! あんな奴等とは違うだろうがっ!」


唾を撒き散らしながら、カルラは大声で叫んだ。喉が痛み、口の中には血の味がした。

野次馬達は、何事かとどよめいている。

青く、若い晴れ空の下、クロは寂しそうに笑った。


「カルラ、私には動機があるのです」


クロの周りには黒い煙が溢れだす。それが魔法だと、カルラは経験でそれを理解した。


「あんな奴等、その仲間なら、助ける理由には十分だとは思いませんか?」


煙が晴れて、それがよく見える。

先ほどまでそこに居た師の頭に、黒い角が生えていて、髪の毛は人間のような茶色から、色素の薄い銀色に変わっていた。

肌の色は青ざめていて、まるで血の気がない。

その姿は、戦場で見てきた魔族の姿だった。


「ま、魔族だぁっ!?」

「マゾク? ヤバイ、にげろ!」

「助けてっ! 殺されるー!」


野次馬の人々は血相を変えて、足を絡ませて転びながらも必死に逃げ出した。

やがて、残ったのは兵士と、師弟だけになった。


「……魔族」

「カルラ、ごめんなさい。貴方を騙していました」

「何で言わなかったんだよ」

「恥ずかしかったのです、チャームポイントですから」

「こんな状況でふざけるな」


能天気、いや、励ましているつもりなのか。

隠すのは当然だろう。兵隊だと思っていたのなら、敵である証を見せびらかすはずがない。

いや、それだけじゃない。

たぶん、俺が迷わないように、俺が見失わないように、好きなものを手放さないように、邪魔な自分を隠したのだ。


お人好しだ。回りくどい。そんなことを考えるような性格でもないくせに。

ともかく、このままでは、まともに話が出来ない。カルラは拳を握った。


「クロ、ちょっと話がある」


カルラは踏み込んだ。

兵士を倒し、クロを王都の外に連れ出す。そのために、カルラは戦おうと心に決めた。

迷いのない拳は軽く、真っ直ぐに進んだ。


「ならんぞ。カルラ防衛部隊長」


しかし、それは止められた。

見ると、カルラの腕には、鉄で覆われた籠手が掴み掛かっている。

声だけで誰か分かった。


「ホネスト……。俺はこの犯罪者に用がある。仕事を代われ」

「いいや、それは出来ない。お前は今日より、部隊を全滅させた罪で、部隊長の称号を剥奪する」

「はぁっ!?」


振りほどこうにも、全快ではないカルラには、ホネストの腕力には勝てない。

ホネストは冷静に、つまらなそうに淡々と、言い渡された文章を述べる。


「クビだ。カルラ」

「ゲホッ!」


ホネストの膝が腹に入る。カルラは踞って、身動きがとれない。

腹を押さえながら、カルラは連れていかれるクロの背中を、這いながら追った。

そして、ホネストの足を掴んで止める。


「そいつは悪くねぇだろ。俺が悪い。俺の責任だ」


何とか引き留めようと、カルラは考え付く限りの言葉を並べる。しかし、ホネストは聞く気配もなく、単調な言葉遣いでこう言った。


「何か勘違いしているようだな」


どういうことなのか、カルラは目を見開く。


「こいつを捕らえるのは、前防衛部隊長暗殺の罪だ。こいつの作った武器であることが証明された」


そう言って、今度こそ、ホネストはカルラの顎を蹴りあげて気絶させる。


薄れ行く意識の中で、師匠を乗せた護送車が揺れているのが見えた。

キュクロウド・ホルスター(当時230)

種族……黒魔族

備考……魔族と人間との戦いにおいて、その橋渡しになるべく王都に渡った。鍛冶屋を経営しながら、魔族の移住を手伝っていた。

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