2月21日回想 『愚か者1名』その肆
長いと思った? 私も……。
「新人君、また成果を挙げたらしいな」
「もう3年だ、新人じゃねーよ。……えーと、トルネード?」
「トルアド・バックスだ! いい加減覚えろ」
宮廷の広間では、そんな声が響いていた。
騎士になってから3年の月日が経ち、特効部隊の騎士隊長として、カルラは実績を重ねていた。
この日は月の一度の全体会議だった。
広間中央の両開きの扉を開くと、円卓があり、それを取り囲むように背もたれの長い椅子が設けられていた。
「カルラは、こっち。……来て」
先に来ていたニコが隣の席を叩いて、そこに座るように促す。カルラはすたすたと足早に、ニコと反対の席に腰を落ち着けた。
後から入ってきたトルは、その様子を見て茶化し始める。
「座ってやれよ、カルラ」
「そうだよカルラ、座ってやれよ」
ニコも真似してそう言った。
「うるせぇな。ニコの隣に座ると枕にされんだよ」
「カルラの膝は枕にぴったり」
「誰の膝が安眠枕だ。痺れるし、ヨダレが付くんだよ」
不機嫌そうなカルラに、ニコはやれやれと肩をすくめる。
「仕方ないなぁ。ニコの匂い、嗅いでもいいよ?」
「嗅ぐかっ! ……お前の中で、俺はどんな変態なんだよ」
「俺が代わりに座ってやろうか?」
「トルは嫌。加齢臭するから」
温厚なトルも流石に堪えたようで、軽薄な笑顔がやけにひきつっている。
「え、マジ? しねぇよな、な、カルラも嗅いでくれ」
「オッサンの臭いを嗅ぐ趣味はねぇ」
袖を近づけてくるトルを払い除けていると、奥の扉が開き、護衛の騎士と、専属占い師のイグが、白い髭を蓄えた国王と共に現れる。
国王は数の揃っていない円卓を一瞥し、真っ直ぐ前を見据えた。
「これより、会議を始める」
「これだけしか集まってねぇぞ? いいのか?」
今集まっている騎士隊長はたった四人だけで、残り八名の姿はない。これでは会議にならないはずだ。
この場にいる誰もが思ったことだが、カルラの物言いが気に入らなかった護衛の一人が、鋭い目付きで睨む。
近衛部隊長のホネスト・D・ベイダナである。
「カルラ特効部隊長、口を慎め」
「いや、構わん」
国王はそれを諌め、席に座らずに話し始める。
「会議にならんことは承知の上だ。他の者には魔族への大規模計画を任せている」
聞いたことのない話だ。真面目に聞いていなかったから、記憶にないだけかもしれない。
そう思って周りを見ると、ニコもトルもしっくり来ていない様子だった。
「聞いていませんよ、国王」
「秘密裏に進めていた作戦だからな。攻撃部隊も近々作戦に参加してもらう」
トルの言葉を国王が軽く流す。
「そして、今回の作戦の要である、防衛隊長が、昨晩何者かによって殺害された」
「犯人は誰?」
ニコが尋ねると、ホネストは真面目そうに固めて表情に力を込める。
「まだ分かっていない、と偵察部隊から報告を受けている。しかし、変わった武器が見つかっているため、特定は難しくないだろう。分かったか、ニコ狙撃部隊長」
いちいち役職名を付けるのは、ホネスト近衛部隊長の真面目さの現れか、あるいは自分の立ち位置を誇示しているのか。
もう少し興味が持てるのだが、仲良くしたいとは思わない。
国王は淡々と、身につけた赤い衣服を揺らしながら、感慨なく話を進める。
「犯人探しは騎士達に任せて、新しく騎士を任命したい」
このご時世、人が死ぬことは珍しくないが、部下が死んだら悲しむパフォーマンスくらいはして欲しいものだ。
「つまり、俺らは防衛部隊長にふさわしい奴を選出すればいいわけだな? それこそ、他の奴等からも意見を聞くべきだと思うが」
「そうですよ、国王。昨日まで部下だったやつに、いきなり防衛部隊長をやれと言ったら、統率が乱れます」
「背中を任せられない、却下」
口々に不平を口にしていると、ホネストの機嫌がますます悪くなる。
「陛下の考えは絶対だ。信頼出来る者を、今すぐ選任しろ」
「……って、言ってもなぁ」
特効部隊は独断主義者の掃き溜め。だから、部下の中で指揮系統を任せられるような人間はいない。
ニコも同じように答えに迷っているようで、自分から推薦しないことからホネストも同じだろう。唯一トルだけが、意気揚々と意見を述べた。
「じゃ、カルラを推薦します」
「はぁっ!? 俺はもう部隊長じゃねぇか! 二役なんてやってられっか!」
「いいじゃねぇか~。どうせ、特効部隊は独断主義者の掃き溜めなんだからよ」
そんな酷いことを思っていたとは思わなかったぞ、トルティーヤ。
にやにやとした視線が厭らしく、完全にあそんでいるだろうと分かる。
飴玉の包みを取りだして、ニコも気楽そうに、なげやりに足をぶらつかせている。
「いいと思う。カルラ、強いし」
「そうそう。あと、面倒くせぇ部隊の隊長ずっとやれる忍耐力、感服するねぇ」
適当に面倒事を押し付けるつもりらしく、火の粉が移ったと喜んでいるようだった。
「そう言うんなら、お前らやれよ。俺も結構、尊敬してるよ。ほら、えーと、あれとか」
「いや、何かは言えよ。傷つくだろ!」
飴玉を口の中で転がしながら、ニコは天井を見ながら答える。
「私の部隊は連携が命。頼りないから、まだダメ」
「俺のとこも同じようなもんだ。引き際をわきまえねぇ連中ばかりで、命が無駄に消えちまう」
隊長らしい隊長の二人に太刀打ち出来るはずもなかった。部隊長が居なくても回る部隊など、はじめからカルラのところしかなかったのだ。
「決まりだな」
「カルラ特効部隊長よ、今から我が国の防衛部隊の指揮を命ずる。異論は認めない」
人事を介さない異動など、法律が認めるはずがないのだが、法律を作る国に言われたら意味はない。
問答無用に終わった命令に、騎士として、素直に認めるしかない。
「いーやーだー!」
「子供かっ!」
逃げられないようにトルに抑えられながら、カルラは新しい肩書きを受け取った。
トフアド・バックス(42)
所属……攻撃部隊
備考……大きな斧を片手で振り回す猛者。酒と女と涙には弱い。妻帯者。
ホネスト・D・ベイダナ(41)
所属……近衛部隊
備考……何でも大抵は使いこなすが、室内戦闘を想定しているため、短剣の二刀流を扱うことが多い。Dは海賊的なやつではなく、ドーベルマンのこと。