2月19日回想 『愚か者1名』その弐
「これ、新しい着物です。使ってください」
「……」
見回すと、熱のこもった室内はあちらこちらに煤がこびりついていて、日当たりの悪い床をさらに黒く染めていた。
土と汗で汚れた服を脱ぎ、手渡された着物に袖を通す。
「……ッ!」
「腕、折れてますよね。やはり、医者に行くべきでは?」
「違ぇよ……。かすり傷だ」
男の言うとおり、腕は激しく痛み、熱を持っていて、経験から考えると骨折が妥当だ。少なくともヒビは入っているだろう。
「医者にいけないわけがあるのですか?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ注射が怖いだけ」
「男の子だから隠すのは結構ですが、もっと他にないのですか?」
男は笑みを浮かべてそう言った。
着替えが終わると、ズボンに着物という、奇怪な格好になったが、この際仕方ない。
カルラは怪我をした腕を手で押さえながら、よろよろと立ち上がる。
「どこに行くのですか?」
「剣を見たい。まともなやつが一本欲しいんだ」
「分かりました。その前に……」
どこからか取り出した木の棒と包帯で、男はカルラの腕を固定する。
「怪我、酷くなっても夢見が悪いですから」
「そりゃどうも。んなことしなくても、俺は死なねぇけどな」
「それは、余計なことをしました」
つまらなそうに、無表情に、男は笑みを作った。
男の先導で廊下を進み、突き当たりの扉の前までたどり着くと、横開きの扉は滑りの悪い音を出しながら開かれた。
そこは小さな倉庫らしく、いくつもの鉄で出来た品々が保管されていた。
その内の、細長い剣を手に取る。
「変わった武器だな。見たことねぇ」
「見聞がありませんね。流行に疎いと女の子に嫌われますよ?」
いや、武器の流行に敏い女とか嫌だけど。
馬鹿にされたカルラは、不機嫌そうに顔をしかめる。それに気づかない様子で、男はその武器について語りだした。
「それはレイピアと言って、刺突に特化した武器です。軽くで柔らかく、鎧の隙間に簡単に入り込むのが強みです」
「結構エグいな、気に入った。いくらだ?」
男が顎に手を添えて、しばらく考え始める。そして、決まったらしく、口を開いた。
「料金ですか。だいたい、30万Gでしょうかね」
「高っけぇな! 純正ミスリルでもねぇだろうが」
純正ミスリルの、細長いだけの剣ならば、おそらく15万ほどだろう。しかし、その二倍はぼったくりとしか思えない。
カルラの怒声に動じる気配もなく、男は感嘆の声を漏らす。
「ええ、鉄を混ぜてあります。よく分かりましたね」
「わざわざ混ぜたのか? 鉄よりも硬い金属に?」
「どんなものでも、硬いだけでは綻び一つですぐに壊れるほどに、酷く脆いものですよ。混ぜれば丁度いいのです」
分かったような、分からないような説明に、カルラは眉間に皺を寄せる。
「金が無いだけじゃねぇのな?」
「まあ、それもありますがね」
……あるのかよ。
こっちも金がないため他人のことは言えない。
中古の失敗作でも買い揃えようと考えていたのだが、こんな店では期待はできないだろう。
それを察したのか、男はカルラを見てこう言った
「うちで、働きませんか?」と。
一瞬、言葉の意味が理解できず、呆気にとられているカルラに、男はさらに続ける。
「お金を持って無さそうですし、私も丁度、人を雇いたいと思っていたのです」
「ちょっと待て! なんで俺が買うことになってんだよ!」
「どうせ、行くところなんてないのでしょう?」
確かにこんな姿を、他の騎士に見られる訳にもいかないから、多くは出歩けない。
かといって、こんなにも胡散臭い男のところで働くのも気が引けた。
「私が怖いのですか?」
「んなわけねぇし! やってやんよ……あっ」
「決まりですね。えーと、何君でしたっけ?」
乗せられてしまったが、仕方ない。何か企んでいるようならば、武器を盗んでトンズラすればいい。
カルラは深く溜め息を吐いた。
「カルラ。あと、どっかの馬鹿を思い出すから君は付けるな」
「分かりました、カルラ。私はキュクロウド、クロとお呼びください」
これが、後に師匠と呼ぶことになる男との、悪質な契約の全てだった。
キュクロウド(当時27)
特技……装飾
備考……武器の製造を主とする鍛冶屋の主で、当人は武器を使えないという欠点を持つ。
カルラ・ピースメーカー(当時15)
特技……戦闘
備考……戦争のため、学校教育制度が破綻していたため、食いぶちを稼ぐために13才で兵に志願する。