2月15日曇り 『兄妹一組』
「新しいの、入ったぞー」
「カルラじゃないか」
いかにも残念だ、というような言葉遣いにカルラは視線を向けると、真面目にしかめた男の顔が目に写る。
私服姿のユバスが腕を組んで立っていた。
王都で働いているとは聞いていたが、まさかここで会うとは思わなかった。あと、会いたくはなかった。
「ついに町から追い出されたのか? 金なら貸さないぞ」
「テメーに借りるもんはねぇよ。ていうか、医者なのに随分と暇そうじゃあねぇか。暴力でとうとうクビになったか?」
そう言うと、ユバスは鼻を鳴らして得意気な笑みを浮かべる。
「貴様と一緒にするな。今日は非番で、妹にこの町を案内しているんだ」
妹……?
その単語に、カルラは全力の警戒体制に入る。まだ鍛冶屋の防衛システムが完成していないため、毒ガスによる攻撃に対処する術がない。
最後の手段として残してある、鎚を握る手に力が入る。
「お兄様、こっちに居たのね! 迷子になったかもって心配したんだから!」
向こうから走ってきた人物は、幸いなことに、安全かつ無害なテウスの方だった。
明らかにテウスが迷子だと思うのだが、ユバスは申し訳なさそうに謝る。
「悪かった。次からは手を繋いで歩こう」
エイルの時もさることながら、ユバスは妹に甘いな。俺にもその甘さで接して……いや、気持ち悪いからいいや。
「あれ、鍛冶屋さん? なんでここにいるの?」
その質問の瞬間、ユバスの腕がカルラの衣服を掴んだ。そして、鼻先まで顔を近づけると、怒りの形相でこちらを睨んでくる。
「貴様、僕の妹全員と関わっているな、どういうつもりだ?」
「全員って、二人だけじゃねぇか! あと、二人とも勝手に関わったてきたからな」
片方は毒を盛るために、もう片方は言い掛かりをつけに。……ろくな兄妹じゃないな、何で関わってんだろ。
一人反省をしていると、何かを勘違いしたらしき、ぶっ飛んだ兄貴の手に力が入る。
「言っておくが、求婚したところで邪魔してやるからな。僕が認めない男と結婚することは許さん!」
「しねぇよ! 仮にしたとしても、テメー程度軽くぶっ倒してやるし!」
「なんだとーっ!?」
暴走しているユバスを止めるには、妹の言葉が効果的だ。助けを求めて、テウスに視線を送る。
テウスもそれを理解したように、大きく頷いた。
「ヤメテ、ワタシのためにアラソワナイデ!」
違う、そうじゃない。
やはりアホの子だった。
しかし、どうしたものか。このまま乱闘になっても別に構わないのだが、近隣の建物が壊れるかもしれない。
そんなことを考えていると、買い物袋を下げた女が現れる。
「あれぇ? 鍛冶屋さん、こんなところで何をぉ?」
「え……? なんで、こいつも居んの?」
禍々しい動植物が詰め込まれた袋を抱えていたのは、薬剤師のエイルだった。
「誰も、テウスだけとは言ってないし、会わないのなら教えたくなかっただけだ。まさか……、エイルとも!?」
やむを得ず、拳を握ったところで、エイルが低い声でこう言った。
「兄さん、ご迷惑になるでしょうぅ。早く、迅速に、その人を切るために付けた両手を退かしなさい」
「いや、こいつが……」
「早くっ!」
「わ、分かった……」
叱られて肩を落とす兄貴の後ろで、カルラは異様な状況に怯えている。それを見て、エイルは楽しげに目配せをした。
これは特に、迷惑かけてゴメンねとか、これからも頑張ってねとかではなく、あとで実験させてねとか、ジャックとの間を取り持たねば殺すという意味であるため、少しも笑えはしない。
これほど嬉しくない女性の動作も珍しい。
とはいえ、危機は去った。困った兄妹は商店街に消えていき、ようやく平穏らしい平穏が訪れた。
心労でしゃがみこむと、足元に誰かの影が落ちる。驚いて見上げると、いつもの優しく愛らしい弟子が居た。
「どうなさったのですか? とても疲れたようーーーなっ!?」
覆い被さるように抱きつくと、シュラは慌てふためく。
「俺には、お前だけだ……」
「な、何があったのですかっ!?」
まともな奴は基本シュラだけ。そんな意味なのだが、ロリコン鍛冶屋の噂が出来る条件には整っていた。
ユバス・レ・マット
特技……拳闘技
備考……女性に弱いわけでも、子供に弱いわけでもないが、妹に弱い。シスコン。
テウス・レ・マット
特技……歌
備考……最近、どろどろの昼ドラを観ている。成績が下がった。
エイル・レ・マット
特技……躾
備考……ジャックと話せたため、最近は上機嫌。また、兄と話すときは機嫌が悪くなる。