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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.2~
49/411

2月14日晴れ 『魍魎1名』

「あーーー」

「うわぁああぁん! あうぁあ~へおぁ~!!」

「うるっせぇっ! 他人ん家の前で喚くんじゃねぇよ!」


というか、何がどうして、場所を変えても変な客は減らないのか。

呪われている可能性についても考えなければいけないのだが、とりあえず、目の前で両手両膝を付いて号泣する男を退かすことを優先しなければならない。


「あの、どうされたのですか?」


優しく、うちの愛すべき弟子は声をかける。それを見たカルラはシュラの肩をそっと掴んだ。


「シュラ、知らない怪しい狂った男に声をかけてはいけません。お父さんと約束しただろ?」

「誰が、誰の父ですか。あと、最初の以外ならカルラさんも似たようなものです」


呆れた様子でシュラは言った。心外である。


「俺は怪しくねぇ」

「……狂っているのは否定しないのですね」


都の民らしく、それなりの服装をしている男は、土と涙で汚れた顔を上げた。


「オイラ、チョコレート貰えてねーんだよぅ」

「チョコ? 洋菓子店でも襲えば頂戴できるだろ。武器なら、うちで揃えていけ、確率が上がるから」


見事で適切な助言を口にすると、後ろでシュラが口尖らせて注意をしてきた。


「それ犯罪ですよ。それに、そんなことしなくても、自分で買えばいいのではありませんか?」


確かにその通りだ。しかし、男は激しく首を横に振って、それを否定する。


「違うんだよ! オイラは、女の子からプレゼントされたいの! 分かるかい?」

「何だそれ」


意味不明な言動を繰り返す、挙動の危険な男に首を傾げていると、シュラは何か思い付いたらしく、声を上げた。


「聞いたことがあります。確か、意中の男性に、女性がお菓子をあげる日があるそうです。まさか今日だったとは……」


何故か焦りの混じった様子でそう言った。

渡す相手に心当たりでもあったのだろうか。いや、うちの子に限ってそんなことはない……と思う。

断片的に理解したカルラは、眼下で座りこむ男を見た。


「ハロウィーンみたいなものか……。というか、それなら好意を持たれていないといけないわけだろ? つーことは、始まる前から終わっているわけじゃーねぇか」


その発言を聞き捨てならないとばかりに、男は地面を叩いて主張する。


「いやアンタ、オイラの何を知っているんだよ!」

「知らねぇよ。だが、店の前で営業妨害するような輩がモテるはずがねぇ」


とうとう心を折ることに成功したらしく、男は大粒の涙を流し、震え声で口を動かす。


「うぅ……オイラはただ慰めて欲しかっただけなのに」

「俺があげられるのは罵声だけだ。覚えておけ」

「カルラさん、さすがに可哀想ですよ」


裾を掴んで言うシュラに、カルラは溜め息混じりに尋ねた。


「じゃあ、お前がやればいいんじゃないか?」

「……少しは女心を覚えてください、捻りますよ」


どこを?

何故か不機嫌そうに、膨れるシュラ。端から見れば幸せそうな会話に、男は弾けるように立ち上がって、逃げるように走り出した。


「うっ……うわぁああぁ~ん! これだから子持ちはぁ~……」

「私、子供じゃ……! ないのですが、もう行ってしまいました」


声など届きもしないくらい早かった。あれくらいの元気があれば、モテる努力も出来たのではないか?

しかし、色々と副産物はあったと思う。


「良かったな! これで俺はロリコンとは言われないぞ」

「これで、ますます子供扱いされそうですがねっ……!」


やはり、その辺りが嫌だったらしい。

シュラはカルラの袖を強く引いて、頬を赤くし、何かを迷ったように視線を動かしてから、言葉を綴る。


「罰として、あとでお菓子の試食をしてください」


話を聞いていたから、菓子でも食べたくなったのか、あるいは何かおかしな菓子でも作るのか、定かではないが、いつもの攻撃とは違って、少し甘いような気がした。


「それは罰なのか? というか、何の罰だ?」


尋ねるも返事はなく、ただその刑の執行に従うことにした。

バレンタイン……平日

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