2月11日晴れ 『猫2匹』
「新しいの、入った……ぞ?」
視界の隅に過ったのは猫の耳だった。自慢ではないのだが、それなりに背は高いため、猫ほどに小さな生き物が視界に入るには、猫が立てる程度のものが必要だ。
そして今、目の前にはそんなものはない。
ライオンだったらどうしよう、犬派なんだよな。
「ねぇ、オジサン。固まってどうしたの? 職場放棄なの?」
「生きることを放棄しなけりゃ男は大丈夫だ。あと、オジサンじゃねぇ……って、猫? いや、猫か?」
どちらにせよ、それは猫である。
そこにいたのは猫の耳をピンと伸ばし、背伸びしてし自分を強調する、少女のような、猫のような、猫顔猫耳の女の子がそこには居た。
「シュラっ! ちょっと来てくれ」
「……どうしましたか?」
「猫に人の顔がある。これはいったいなんだ? 人面猫でも流行らせたいのか?」
少女は人である。少なくとも、外見で言えば人に近く、唯一猫らしいものというのが頭頂部付近にある耳だけだ。
少し前に見た、犬人族の男は顔まで犬だった。
「この方は、猫耳族のようですね」
「耳? 人じゃなくてか?」
「はい。猫人族という種族もあるそうですが、その方々とは別で、耳と目だけが猫のような特徴を持っています」
言われてみれば、少女の瞳はアーモンド型で、人とは少し異なる。じっくり見ると、ぷいっと顔を背けられた。
「あんまり見ないでよね、困るから」
「ああ、悪い」
「加齢臭が移ったら困るから」
猫耳少女の失言に、カルラは冷ややかに目を細めた。
「猫はどう料理すると美味いんだったか?」
加齢臭が移らないうちに冷凍しよう。
「ダメです。落ち着いてください」
料理長であるシュラに止められては仕方ない、猫料理なる珍味は諦めるとしよう。
「で、うちに何のようだ、猫娘?」
「それは商標的にダメだよ、オジサン。私のことはノーイって呼んで」
どこの世界の商標だろうか。
「俺をカルラって呼んだらな」
「じゃあ、カルラ」
呼び捨てか。まあ、一向に構わんが。
ノーイはもじもじと自分の指先を重ねて、落ち着かない様子で口を動かす。
「お母さんを探してくれない?」
「なんだ、迷子かよ」
呆れたとばかりに言い換えると、ノーイは不機嫌そうに詰め寄る。
「違うよ。お母さんが迷子になったの。レディに恥を欠かせるなんて、カルラは女心が分かってない」
「お前に俺の何が分かるってんだよ。シュラも頷くな」
深く同意を示す弟子に、カルラはそう言ってから、屈んで少女と目線を合わせた。
「探してやるから、特徴を言え」
「猫っぽくて、女っぽい」
「いや、母親なら女だろ。そんな当たり前のーーー」
「あら、ここに居たのぉ~。探しちゃったわ!」
野太い声が地鳴りのように響き、カルラは驚きで表情を固めて、その根源を見た。
そこに居たのは、猫っぽくて、女っぽくて、それでもって男らしい男だった。
ノーイが喜んで抱きついていることから、怪しい人物ではないのだろうが、初対面のカルラたちの目には異様なものに写った。
「それは、お母さん……なのか?」
「あら、この子の面倒を見てくれていたの? ありがとうねぇ。アタシ、こう見えても中身は女だから、驚いちゃった?」
ええ、まあ。そんな言葉をカルラは飲み込む。
「ええ、まあ」
そして、すぐに吐き出してしまうほどに、この光景は記憶に重かった。
赤いドレスを着て、同じ色の高いハイヒールをバランスよく履きこなす姿は見事なもので、スカートの裾から見える逞しい足には濃い毛が見えた。
そして、なんで付けたのかと思わせる、可愛らしい猫の耳が、娘と同じように生えている。
「アタシは飲み屋のママをやっている、ミクシル・キャットウォーカー。今は持ち合わせがないから、そのうちお礼をさせて頂くわ。それじゃあ、ごきげんよ~」
「じゃあね~」
二人の猫耳親子はそう言って、大きく手を振って帰っていった。
カルラは何気なく呟いた。
「……ああ、去勢か」
「カルラさん、落ち着いてください」
ノーイ・キャットウォーカー(7)
特徴……少女
備考……猫耳属性の女の子で、見た目に反して毒舌。この前学校の番長になった。
ミクシル・キャットウォーカー(35)
特徴……男、筋肉
備考……猫耳属性のオッサンで、見た目に反してムエタイが趣味。源氏名はミクシア。




