2月10日雨 『兵士3名』
「新しいのーーー」
「来たぞ!」
「言わせろっ」
いつもの言葉を遮って、晴れやかな表情で立つ人物は、1ヶ月前にここを訪れた女兵士だった。
名前は確か、ベルモットだったか? 長いから忘れた。
ともかく、そのような名前の奴が、以前と同じく取り巻きも連れて来ている。
「カルラく~ん、僕もいるよ」
この前は四人くらい連れていたはずなのだが、今は二人になっていて、その内の一人が馬鹿こと、ジャック・アグラムの姿と言動と能天気な性格をしている。
どうか偽物であって欲しいが、そうもいかないのだろう。
「お前、こいつの部下になったんだな」
「ああ。ベルちゃんは良い子だよ~、真面目で」
「縮めて呼ぶなっ!」
雨粒を弾くフードの中で、赤い頬を膨らませて叫んぶ。
そして、時間が惜しいのか、前回の反省を思い出したのか、納得のいかない様子のまま、カルラを見てこほんと咳払いをして、さっさと本題に入る。
「今度こそ書状を持ってきた。1ヶ月も猶予を与えたんだ、大人しく連行されろ」
勝手に失敗しただけのだが、都合の良い言い方もあるものだ。言葉って万能。
「嫌に決まってんだろ。牢屋の中に金床と炉がないんなら、俺は絶対に行かねぇ。あとついでに、飯は霜降りステーキじゃなけりゃ嫌だ」
「それはどこの高級宿屋だ?」
「検討しますっ!」
「するなっ!! お前は黙っていろ!」
「はぁいぃいっ!」
光悦とした表情で突っ立っている兵士は、先月の怪しい兵士だ。面倒な客が三つ巴でここに集まると、個性が目に五月蝿くて仕方ない。一人くらい消えてくれないだろうか。
「そういえば~、書状ってなんのことだ?」
「お前に渡していたやつだ。持っているだろ」
「ああ、これか」
そう言って、ジャックは懐から、見せびらかすように書状を出す。ここで思い出してほしいのは、今の天気だ。
書かれていた文章も、朱色の証明印も、雨の流れの中で崩れ落ちていく。
「あ、ああ……」
1ヶ月も待ちぼうけを食らわせられたベルは声を失い、その原因であるジャックは不思議そうにそれを見ている。
なんというか、そう、憐れだな。
「あー、これは大変ですね。帰ったら泣いてしまうパターンです」
上司を前に飄々としている兵士M。
「そうなのか?」
「ええ、貴方を捕まえられなかったときは、二日間、自室で閉じ籠ってーーー」
「うるさい、黙れっ!」
「はぁい、黙りまぁす!」
兵士どMはそう言って、口を両手で塞いでみせたのだが、一瞬見えた唇には満足げな笑みを確認できた。反省はしていないらしい。
それに気付く様子もないベルは、不甲斐なさから涙を浮かべた両目でこちらを見る。
「ま、また来るから……待って……ヒック。うぅ……待ってにゃさいっ!」
雨とも涙とも分からない水滴が頬を伝っている。彼女は上司でありながら自分勝手に、駄目な部下達を置いて走り出した。
しかし、部下も上司と同じく自分勝手なようで、兵士Mはゆっくりと後を追うように歩き始め、ジャックに至っては居座るつもりで既に寛いでいる。
数歩進んだところで、兵士Mは思い出したように振り向いた。
「そういえば、今日は何を作ったんですか?」
カルラは少し迷いながら、商品について語る。
「……水で崩れた書物を直す道具だったりするもんだ」
「ふふっ。それは黙っておきますね。ここに来る口実が無くなりますから」
兵士Mは何を考えているのか口元に笑みを浮かべ、フードを深く被りなおして、再びベルの足跡を辿っていく。
何もしなければ良いのだが、知られた時点でそれはないだろう。その時は、いつかの自分に頼るとしよう。
「シュラちゃんはどこだい? お茶が欲しいーーーんギャバッ」
蹴り飛ばされたジャックは街道に身を削り、水溜まりに沈む。
雨音が強く、屋根を叩いている。
ベルゼビュート・ニューナンブ
性格……真面目
備考……最近、おかしな部下を押し付けられて困っている。
ジャック・アグラム
性格……能天気
備考……職場環境に満足している。
どM兵士
性格……どM
備考……最近、刺激が足りていない。