2月7日晴れ 『看板息子1名』
「新しいの、入ったぞー」
「相変わらず暇そうだな」
「うるせー、お前が来たときだけ暇になるんだよ」
店の軒先に腰掛けて湯呑みをすする、宿屋のタルトの横に座って暇そうに、誰もいない店の前をカルラは眺める。
今日は宿屋の老夫婦が知り合いの遠出しているから、子供であるタルトを鍛冶屋に預けていたのだ。
「シュラ姉ちゃんは?」
「工房で練習中。その間は覗かないでくれって、鶴の恩返しかよ」
「鶴というよりはヒヨコみたいだけどね」
同感だが、それを本人に言ったら、きっと俺は消されるのだろう。……俺が。
町の生活にも慣れたらしく、タルトは随分遠慮が抜け落ちて、生意気に拍車が掛かって子供らしく笑っている。
「そう言えば、カルラ兄ちゃん」
「なんだ?」
「シュラ姉ちゃんが背を気にしているなら、成長を早める道具とか作れないの?」
考えたことも無かった。シュラ自身からも、考えにあったのかは分からないが、聞かれたことはない。
しかし、すぐにカルラはかぶりを振る。
「成長を促す道具があっても、結果が出たことを変えることは出来ねぇ。残念ながらな」
「運命って残酷だね」
子供の夢を奪ったようで、罪悪感が心の底に溜まる。そのあとすぐに流されるけど。
「でもさ、手足を伸ばす道具なら、何とか出来るんじゃない? 骨が折れたら、長さが変わって治ることもあるでしょ」
「出来ないことはないが、あいつの外見は手足だけじゃねーだろ。顔も肌もガキだから、不自然極まりねぇ。人類の神秘だよ、あれは」
「本当に17歳なのかな……。本当は子供って考えた方が自然じゃない?」
少し前までカルラも疑っていたのだが、根拠たる根拠が出来てしまった。
「あいつの兄貴に手紙で聞いてみたら、確かに17だとよ」
「姉ちゃんの兄ちゃん? どんな人?」
この前襲撃に来た人と言えるはずもなく、単純に見たままを口にする。
「大人だったな。少なくとも、大人に見える外見だった」
「ふーん……」
曖昧な相づちの後は静かになり、何を思ったのかタルトは、カルラの顔を見て、一言尋ねる。
「兄ちゃんは、シュラ姉ちゃんとどういう関係なの?」
「弟子と師匠だな」
即答すると、タルトは不服そうに口を尖らせた。実のところ、何が言いたいのかは分かっていた。
たぶん、こんな感じに聞いてくる。
「じゃなくて、恋愛とか、そういうの」
ここで肯定すると、ロリコンの噂に拍車が掛かって火を吹きそうだから、当然とばかりに否定する。
「あるわけねぇだろ。俺はガキよりも胸の大きな女がいいの」
「絶対にですか?」
「絶対にねーな。ペッタンペッタンで、ツルツルで、おまけに怒りっぽいからな……ん?」
冗談を交えて笑いながら、そこまで言ったところで気がついた。声が高くなったような……。
振り返ると、いつの間に作業を終えたのか、シュラが小さな足で立っていた。
「シュラ……ちゃん……? いつから居たんだ……?」
「成長を促す道具、のところからですよ」
かなり序盤だ。
隣からは押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
「兄ちゃんダメだよ、女の子にそんなこと言っちゃ。じゃ、またねっ」
「あ、このっ!」
知っていて、俺にあの言葉を言わせたらしい。店を飛び出すタルトの後を追おうと立ち上がるカルラだったが、袖を掴まれ、動けないくらいの殺気を感じた。
「逃がしませんよ?」
シュラの手には闇が広がっていた。見たことの無い魔法だから、きっと練習したのだろう。
今の表情と合っていて怖い。
「カルラさん、何か言うことは?」
聞かれて答えるべき言葉など、女に縁の無いカルラに期待してはいけない。
「えーと、幼女最高?」
「違います!」
カルラはロリコンの称号を手に入れた。
タルト・ローマン(8)
特技……悪戯
備考……宿屋の手伝いをしていて、たまにカルラをからかいに来る




