2月14日曇り 『殺人鬼1名』
「…………」
「カルラさん」
呼び掛けにも応じず、部屋の中から出てこないカルラを心配して扉を開けたシュラは、目の前の光景に絶句した。
床の上には、赤黒い液体にまみれた知人のジャック・アグラムが横たわっていて、同じく汚れた大剣を手に持ったカルラが虚ろな目で、その肉体を見下ろしている。
「カルラさん……ついに……」
「"ついに"って何だよ! 俺はまだ、お前が考えているような事はしねぇよッ!」
「"まだ"って何ですか!?」
鉄臭い室内をもう一度見回して、シュラは声を静めて尋ねた。
「それで、何故このような状況になってしまわれたのですか?」
自室で知り合いを切りつけなければいけない状況など、そう多くはないのだろう。カルラは冷静さを取り戻し、事の顛末を短く説明する。
「こいつが部屋に押し掛けてきたんだよ。俺が部屋で素振りをしているときに」
「何故この狭い部屋で素振りを……?」
「んなことより、当然のように入り込んでるコイツに驚け」
被害者も加害者もおかしい。そんな感想を抱きつつ、シュラは床の上でピクリとも動かないジャックに目を向けた。
「本当に亡くなってしまわれたのでしょうか……」
「ちゃんと切ったから間違いない」
「正直に言わないで下さい。信用が薄れます」
呆れたような声で言うシュラは、僅かな異変に気がついた。先程まで確かに握られていた手が開いている。
疑問が明瞭になるのと同時に、横たわった身体が大きく動き出した。
「んあ、あ~カルラ君かぁ。おはよ~」
身を起こし、両腕を上に向けて伸ばしながら、口を開いて欠伸をするジャックに、カルラは不快そうな態度で質問する。
「なんで生きてやがる?」
「多少は喜んでください。罰を受けなくて良いのですから」
それにしても傷を負っているとは思えないくらい、元気そうに笑みを浮かべるジャックの姿は、やはり奇妙な印象を受ける。落ち着かないカルラを背に、シュラは床に座るジャックに尋ねた。
「ジャックさん、この血液はどうされたのですか?」
一瞬、何のことか理解できない様子で固まるジャックは、そそくさと懐を漁り始める。出てきたのは割れた小瓶で、付着している水溶液は薄暗い室内で赤黒く映る。
「これはね~、カルラ君達に売りに持ってきた赤錆なんだ~。お金が無くなっちゃってさぁ」
「赤錆?」
「うん! 幾らくらいに成りそう?」
答えに困り、黙り混むシュラは、背後に立つカルラに向けて言葉を放つ。
「カルラさん、その武器を納めてください」
「……何もしねぇよ」
そう呟いて、カルラはそっと大剣を床に置いた。
ジャック・アグラム(21)
趣味……雲を眺める。
備考……
鍛冶屋を含め、誰かに迷惑を掛け続ける男。突飛なことを思い付いては実践し、人柄のせいで大抵失敗に終わる。最近、予言者を始めたのだが、失敗して村から出入り禁止されている。




