2月6日雨 『屍術士1名』
「新しいの、入ったぞー」
「そう。じゃあ、1つ買うから、雨宿りをさせてもらってもいい?」
質のいい真紅のローブを雨に濡らした女性は、優しそうな微笑みを唇に浮かべてそう言った。
長く伸ばされた漆黒の髪はふわりと真っ直ぐに降りていき、白く綺麗な首下を通り、服の上からでも分かるほど豊かな胸の上で落ちついている。
そんな絵にかいたような、絵に描かれるために生まれてきたような美人を前に、カルラは普段とは異なる反応を見せる。
「お前、何者だ?」
「カルラさん、お客さんに何を言うのですか。こんなに綺麗な方を見たら、いつもなら鼻の下を伸ばして下品な視線を向けるのに」
「シュラちゃん、あとでちょっと話し合おうか?」
いつもそんなふうに見られているとは思わなかった。
とりあえず、今はそれを置いておくとしよう。目の前で笑う不穏な現状に、どう対処するべきかが問題なのだ。
「……こいつから死臭がする。それもかなり濃い臭いだ」
雨に流されて、普通なら気づけないほどに微量だが、確かにそんな臭いが漂っている。
いつも女性の臭いを嗅いでいたことに、引いているシュラの視線が痛い。
「カルラさん、この方はたぶん屍術士さんですよ?」
「なんだそれ? 修道士とか、その辺の奴等か?」
その辺の奴等には良い思い出がないため、出来ることならお帰り願いたいものだ。
しかし、シュラは首を横に振って否定する。
「ネクロマンサーとも言いますね。生き物の遺体を媒体にして、魔法を使う人のことです。怪しい方ではありません」
「大丈夫、気にしないで」
叱るシュラを諌めるように、屍術士は落ち着いた声を響かせる。完璧な美人というものが、存在していたとは驚きだ。
「そう言った奇異の視線には慣れているから、熱くならないでいいよ。死体だけに」
どうしてくれよう、この空気。
微妙な冗談を不意に出されると、なんと言って良いのか言葉に迷う。シュラも同じように困り果てている。
「そ、そういえば、何か欲しいものはねぇのか? 剣とか、盾とか、仮面とか」
「え……? うーん、仮面はいらないけど、笠があれば欲しいな。雨が降っているからね。でも、鍛冶屋さんにあるのかな」
「あるな。選んでくれ」
「あるんだ……」
少し呆れ気味に彼女は笑う。
店頭に並んでいるだけでも、多種多様の品が見られるから、たぶん予想はしていたのだろう。
それでも、鍛冶屋にあるものではない。
店の棚を観音開きに開いて、何段にも重ねられた笠をまとめて片手で持ち運ぶ。
木のテーブルの上に置かれた、不揃いの、色彩豊かな笠を目にして、屍術士は感嘆の声をあげた。
「凄いね。でも、何か火薬の臭いがするけど」
「カルラさん、危ないものは外して下さい!」
「決めつけんじゃあねーよ」
確かに前科があるが、今回は違う。珍しく。
「その火薬は虫除けだ。原材料である楠には防虫効果があるから、それぞれに塗り込んでおいたんだよ」
「それは良いわね。買わせて貰うわ」
興味を示す屍術士の言葉を聞いて、カルラは弟子の肩に手を乗せる。
「シュラ、会計よろしく」
いつものように、料金を設定しようとするシュラだったが、その木目に見覚えがない。
「……これは、何の木で作ったのですか?」
「世界樹だったかな。家用に作るなら、最高のものが良いと思って取ってきた」
「採取禁止の木に登ったのですか……」
全国の世界樹は希少なため、何年も前から傷つけることを禁止している。
そんな材料を使った笠は、ある意味火薬よりも厄介だ。
屍術士はおかしそうに小さく笑うと、笠を頭に乗せて言った。
「死体だけに、したい時にしたいことをする方が、人生は楽しいのよ。……その笠を全部貰うわ」
シュラに金貨の入った袋を渡すと、雨空の下に躍り出る。
「全部? お一人で使うのですか?」
「違うわ。みんな、出て来て!」
呼び掛けに応えて出てきたのは死体達。人も居れば犬も居て、それはまるで魑魅魍魎の巣窟のように地面から腕を、足を、突き出して、這い出てきた。
息を飲む二人を他所に、変わらぬ笑みを向ける。
「可愛いでしょ。腐っても生物だから、雨には弱いの。死体だけにね」
死体を焦点の合わない瞳で撫でるその姿は、魔女が魔女と認識することを容易にする。
小説のような、その中でもホラーに属するような光景を前に、二人はしばらく、魂の抜け出た顔で雨音を聞いていた。死体だけに。
リージェロット・バゼラード(26)
特技……縫合
備考……死体が好きで冗談が苦手な大人美人。お見合いに行くと、趣味を聞かれた後すぐに破談になり、相手から白い目を向けられる。死体だけに。




