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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.12~
404/411

2月8日曇り 「阿呆1名」

「新しいの、入ったぞー」

「カルラくぅ~ん……」


 店の前に座り込んでいたのは、鍛冶屋の疫病神ことジャック・アグラムだった。普段は飄々として、周囲を振り回すくらいに不真面目で、元気と嘘しか存在しないのだが、今は沈んだ表情を浮かべる。


 そんな奇妙な状況に弟子のシュラは戸惑い、店主であるカルラは首を傾げた。


「珍しく元気がねぇな。もしかして誰か消したのか? 駄目だよ、そういうのは早めに証拠も消さないと」

「何を前提に話しているのですか!?」


 人の命は儚い、とだけ答えておこう。

 そんな会話をしている前で、ジャックはひたすらに悲哀の感情を見せびらかす。


「僕は最低の人間なんだ」

「知ってる」

「少し黙っていて下さい、カルラさん」


 分かりきった事を言われたから肯定したのだが、シュラに叱られてしまう。カルラが黙り込むと、ジャックは地面に水滴を落としながら語りだした。


「実は数ヶ月前、女の子と婚約したんだ」

「そんなことも在りましたね……。確か、貴族の方と婚約して、別れてしまわれたのでしたよね?」


 確認の意味を込めて尋ねると、ジャックは俯いた状態で、小さく頷いた。


「うん。でも、僕は重大なことを忘れていたんだ」


 神妙な声色で、切迫した空気が流れる。地面の土を握り、自身の汚れた膝を見つめながら、ジャックは周囲に響く声量で叫んだ。


「僕、婚約指輪を贈るの忘れて―――ブォッフォ!」

「カルラさん!?」


 言い終える前に、ジャックの顎を目掛けて蹴り上げたカルラは、元居た場所から3メートルほど離れた場所に落ちる肉体を見てから言う。


「大丈夫だ。俺は声も出してねぇし、息の根も止める」

「黙って蹴り上げる方が駄目ですよ!? 落ち着いて下さい、まだ何もやってませんから!」


 憤るカルラの体を、子供のような小さな腕で引き止めるシュラ。それでもカルラは不機嫌そうに、大きな溜息を吐いた。


「いやだって、ふざけてんだろ。金も無ければ、人望も無いような奴が女のために指輪だと? 借金返してから言え」


 以前、商人として働くに当たって貸した品の代金が、未だに払われていない。


「そうかも知れませんが、何か特別な事情があるのかもしれないではありませんか」

「無い。断言できる」

「信用が無いですね」


 地に落ちたどころか、地底深くに沈んで化石である。

 ジャックは着地の際にぶつけた頭を擦り、泣き出しそうな笑顔で非難する。


「酷いよ~、カルラくん。今回ばかりは本当に困ってるんだからね」

「俺はテメェ来たら、毎回困ってるけどな」


 盗難や面倒事の被害に遭っているのだから、このくらいの反撃は正当化されても良い気がする。


「で、なんだ?」


 怪訝そうに尋ねるカルラは、腕を組んでジャックを睨むが、特に怯むことなく、悲しみも忘れて普段の楽しげな笑顔で続きを話した。


「実は婚約指輪を作ってあったんだぁ~。でも、その前に事件が起きちゃって、結婚も無くなって。何も残せてあげられなかったから、せめてこれだけでも贈りたいんだ」


 手の中に在ったのは、見るからに高級そうな指輪だった。どこで盗んだのか、あるいは拾ったのか、少なくともこの男には似合わない品である。

 カルラは面倒くさそうに訊く。


「渡せば良いだろ」

「僕はもう、顔を出せないよ~……」


 確かに、今は何の関わりもない赤の他人だ。そんな人間同士に繋がりを求めるのかは、正直図りかねるが、深く反省しているのなら手を貸しても良いかもしれない

 カルラはジャックの汚れた掌から、宝石の入った指輪を受け取る。


「分かった。しっかり送っておいてやる」

「ありがとぉ~、カルラくんッ! いつかお礼をするねッ!」

「抱き着くな、汚ねぇ」


 近づく顔を空いた手で押さえながら、カルラはそう言った。

 そして、指輪が盗品であり、数時間に渡る取り調べの原因となるのは、暫く後のことである。


ジャック・アグラム(21)

特技……嘘。

備考……

カルラの悪友であり、手癖の悪い男。常時明るい奇人なのだが、何故か初対面の相手には好印象を持たれることが多く、その日暮らしに長けている。

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