2月7日晴れ 「目玉焼き2つ」
「新しい目玉焼き、焼けましたよー」
台所から、シュラはフライパンを片手にそう言った。朝食としては一般的な、いわゆる外れの無い品選びに感心しながら、カルラは目の前に運ばれて来た皿を見る。
そして、向かいの席に着いた弟子に言う。
「ずっと気になってたんだ。シュラ」
「ふぇ?」
カルラが落ち着いた声色で呟くと、シュラは一瞬理解できない様子で口を半分開いて静止し、次に全身を真っ赤に染めて慌てふためいた。
「え、あっ、ふぁ、は、はいっ!? わ、私も、その……」
「ん? なに動揺してんだ?」
「なんでもありませんっ!」
何をどうして怒鳴られたのか、正直分からないが、たぶん自分は悪くない。カルラは内心で言い聞かせていると、シュラは赤い顔を両手で隠しながら尋ねる。
「そ、それで、何でしょうか?」
ここまで大袈裟に反応されると、言い出しにくい。しかし、今誤魔化したところで、また同じことを言わなければいけなくなる。
カルラは意を決して、目の前の皿を指差した。
「目玉焼きに、ハチミツって掛けるものなの?」
本日の朝食は、目玉焼きとトースト、あとはサラダで構成されている。それなのに、パンケーキへのリスペクトなのか、目玉焼きには甘い蜂蜜が掛けられているのだ。
シュラもその間違いに気が付いたようで、顔を覆っていた手を口元に移動させ、申し訳なさそうに言う。
「あ、もしかして、お砂糖の方が良かったですか?」
どれだけ人生が辛ければ、そこまで甘味に走るのか。
「違ぇよ。普通、目玉焼きって言ったらタバスコだろうが。人生と同じで甘くないもんだ」
「その痛みを伴う選択も、どうかと思いますけど……」
戸惑うシュラは、小さく一息吐くと、赤みの引いた顔をカルラに向ける。
「私の故郷では、玉子料理は全て甘口でした。それにカルラさんも、何も言わなかったので、てっきりこれが一般的なのかと思っていました」
確かにその通りなのだが、しかし、こちらにもそれなりの、聞くに聞けなかった理由があるのだ。
「仕方ないだろ、俺の料理はもれなく炭だったんだから。黒くない飯の食べ方なんて忘れちまった」
「何ですか、その記憶を犠牲にする食事……」
辛い記憶は忘れるに限る。
シュラは呆れたような表情を浮かべながらも、理解を示して頷いた。
「次からはタバスコも用意しますので、他にも何か気になる事があれば、言って下さいね」
「はいよ」
互いを尊重すること、そんな当たり前のことが出来なければ、共生の道は開けない。他人にとって、自分は別人なのだから。
「……ああ。あと、酢豚にパイナップルは入れないよな?」
「残念ながら、酢豚にパイナップルは入れるものです」
解せない。
カルラの手料理……
様々な調味料を使った炭。漢方薬などの手近にあった物を適当に放り込んでいるため、謎の効能が生じる場合がある。食べるな危険。




