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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
4/411

1月2日雪『宿屋の夫婦一組』

「新しいの、入ったぞー」

「ほう、今日は何を作ったのかね」


 降り始めた雪が頬に冷たいその日、近所で宿を営んでいる老人が呼び掛けに反応した。


「おう、爺さん。だが、うちには宿屋で使えそうな物は売ってねーぞ?」

「分かっとるわ、ただの世間話だ。この歳で旅に出るわけにもいかないからな。死んだ婆さんへの土産話が増えおるわい」

「え! お婆さん、亡くなられたのですか!?」


 見ると、買い物に行っていたシュラが、袋を抱えて呆然と立っていた。驚いた様子で、大きな瞳がさらに見開かれている。


「シュラ、気にすんな。この爺さんの悪趣味な冗談だからな」

「はっはっは、悪かったねシュラちゃん。驚かせてしまったようだ」


 愉快そうに笑う爺さんに、ぷくりと膨らませた桜色の頬を見せて、シュラは怒りを露にする。


「お爺さん! 冗談でも、そんなことを言ってはいけません。それを知ったら、お婆さんが傷つきます」


 強い口調で諭されて、宿屋の主人は大人らしい誠実な態度を示す。


「シュラちゃんは若いね。若いときは死が怖いのだろうけど、老人になったら準備をしなくてはいけない。だから、常日頃から、死を笑えるようにお互い冗談として言い合うんだよ」


 どっかの教本でも目にしたらしく、いつになくまともなことを言う爺さんに、カルラはジトリとした視線を送る。

 そんな本性を知るよしもなく、シュラは感動の心持ちで、桃色の唇を微笑ませた。


「そうだったのですね。知らなかったとはいえ、失礼いたしました」

「いや、構わんよ」

「お詫びに、お茶をご馳走しますね」


 そう言って、シュラは台所へと駆けていく。その姿を和やかな表情で見送る爺さんは、悪戯めいた口調でカルラに言った。


「シュラちゃんは美人になるぞ。良い嫁さん候補を見つけたな」

「なに言ってやがんだジジイ。ただの弟子だ」


 それに、例え伸びしろを感じたところで、現段階で17なのだから期待は出来ない。


「そう言っておいて、シュラちゃんに告白されたらどうする?」

「シュラが?」


 頬を染めて、照れくさそうに想いを告げるシュラの姿が頭に浮かぶ。しかし、想像の中であろうとも答える自分が分からない。


「じゃあ、そのうちシュラちゃんが、ベッドの上に誘ってきたらどうするんだ?」

「何いってやがんだ、ロリコンエロ爺……」

「お茶を持って参りましたー」


 盆に湯飲みを乗せたシュラが、後ろから現れる。聞かれていたのか、そう思って顔色を伺っていると、シュラは小首を傾げた。


「どうされましたか?」

「いや何でもない。大人の話だ」

「シュラちゃんが、カルラのことを―――」

「ジジイっ! 新商品を見せてやろう!」


 癪に障るが、爺さんの思惑に乗せられて、カルラが動く。そして、不機嫌そうに足音を響かせて、店内から靴を持ってきた。


「なんだ? これは」

「『足が速くなる靴』……の試作品だ。格好いいだろ?」


軍用の長靴に、外装として薄い鉄板で覆ったような外観で、うっすらと薄緑色を帯びている。お世辞にも格好いいとは言えない。


「まあ凄いな。だが、そんなものを買うような奴、この町にいるかね?」

「ふんっ。そいつはどうだろうなぁ」


 そろそろか。そう呟いて、カルラは不敵な笑みを浮かべた。

 すると、どこからか悲鳴のような、鳴き声のような音が聞こえてくる。

 青ざめた爺さんが、声の主を探すと、西の方から鬼の形相で老婆が走ってきた。


「ジィジイィぃーっ! まーた、店の金を持ち出しやがったなーっ!」

「ば、ばあさん!」


 狼狽えた宿屋の主人は、カルラに掴みかかる。


「お願いだ! その靴、売ってくれ!」

「50,000Gだ」

「ぶ、分割で30回払いで頼む!」

「毎度ありー」


 靴を履いて、駆け出す店主。それを老人とは思えないような速さで追いかける婆さんが、店の前を通りすぎていく。


「死にさらせーーー!!」


 そんな声が町中に響き渡る。

 お盆を両手に持ったシュラが、きょとんとその光景に戸惑う。


「あれは、冗談でしょうか……」

「だと良いな」


 しばらく、結婚はいいかな。そんなことを考えながら、カルラは湯飲みを受け取った。


宿屋の主人(享年64)

好きだった食べ物……肉じゃが

備考……ギャンブルに命を賭けて何が悪い


宿屋の女将(65)

好きな食べ物……イワナの塩焼き

備考……夫のために悲しんでくれて、ありがとうございます

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