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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.2~
37/411

2月2日晴れ 『料理人2名』

「新しいの、入ったぞー」

「……どうも」


 照りつける日差しと、抜けるような風が心地よい、ある日の昼下がり、眼前に居るのは強面の中年が一人、鋭い視線は虎をも殺しそうで、堀の深い顔をさらに濃くしている。


 プレタ・アブトマットという、町唯一の菓子職人だ。


 最近知ったことなのだが、この表情は照れているときの顔で、別に怒りでも、狂気でも、ましてや殺意でも無いらしい。

 おそらくは、の話ではあるけど。


「何か用か? 包丁はもう足りているだろうし、試作品の味見はシュラがダイエット始めるから止めておけ。育ち盛り……なんだ?」

「育ちますよ! 育ってみせます!」


 居たのか、小さくて見えなかった。喉まで出掛かった言葉を飲み込む。そろそろ泣いてしまいそうだ。


「違う」


 低い声が聞こえると、シュラはわなわなと震えだす。


「育ちますよ!? 本当ですっ!!」

「いや、そっちじゃねぇだろ」


 歴戦の盗賊みたいな険しい顔で、プレタはキツく結んだ口を開く。


「今日、弟子が来るんだ」

「弟子か。おめでたいことじゃねぇか。それがどうしたんだ?」


 カルラが尋ねると、プレタは顔を真っ赤にして体全体を震わせ、拳を握りしめる。


「怖がらせたら、どうしようっ……!」


 と、怖い顔で言うものだから、言葉に困る。

 しかし、カルラの肩にはすでにゴツゴツした両腕が乗って離れようとはしない。逃げ道を塞がれたようだ。


「それで何だ? 俺には整形手術は出来ねぇぞ、作れるのは道具だけだ」

「いや、オレは師匠としてのアドバイスが聞きたい! ダンナも怖い外見なのに、慕われている! ……頼めるか?」


 オッサンの顔がやたらと近い。


「俺はそんなに怖くねぇ」

「昨日、近所の子供達を泣かせていましたよね?」

「あれは、男の威厳が強すぎただけだ」

「刺激物みたいに言われましても……」


 威厳の通用しない弟子が言う。

 その様子から何を感じ取ったのか、プレタは突然膝をつき、手を地面をについて土下座をした。


「ダンナみてぇに、弟子を泣かせない師になりてぇんです! お願いだ、オレに師匠の極意を教えてくれ!」


 断ろうと思って口を開くが、シュラの視線が背中に刺さり、口を閉ざす。

 仕方なく、カルラはその頼みを引き受けた。


「って言っても、外見を変えることも出来ねぇしなぁ。……とりあえず仮面でも被るか?」


 そう言って、手近にあった仮面を渡すと、プレタはそれを黙って顔に付けた。


「どうですかい? これなら緊張しやせんし、普通に話せそうだ」

「こっちは緊張しまくりだけどな。怖すぎだろ」


 鉄仮面を付けた大男が闊歩する。その姿はさながら世紀末だろう。


「これは、たぶん駄目ですね。次は笑顔の練習をしてみましょう! ほら、にこって」


 可愛らしく手本を見せるシュラに、プレタは仮面を取って、下手くそな笑みを作る


「お上手です!」

「どこがだっ! どっからどう見ても魔王か何かだろうが!」


 あの顔でぎこちない笑顔は危なすぎる。これでは新しい弟子というのも怖がってしまいそうだ。


 少し考えて、落ち込むプレタにカルラは言った。


「お前は自分の作品に自信はあるか?」

「え?」

「自分の技術が、他人に誇れるかって聞いてるんだよ。どうなんだ? 教える価値もないか?」

「そんなことはっ……!」


 一歩、プレタは強く踏み込んだ足を元の位地に戻し、冷静に息を整えて答える。


「自信はある。誰にも負けない技術がある。それを教えてほしいって言うのなら、上手く伝えられるかは分からないが、教えてやりてぇ」


 拳を胸の高さまで上げる。その言葉を聞いて、カルラはつまらなそうに欠伸をした。


「なら、そう言いや良いだろ。弟子だって、お前の外見だけで諦めるほど、簡単な夢を持っているわけじゃあるまいし」

「そう、だな……」


 プレタは視線を落として、外見には合わない弱々しい声で呟いた。


 ふと、大荷物を持った子供がこちらに向かって来ていることに、カルラは気がついた。

 そして、店の前まで来ると、荷物を揺らしながら笑み見せた。


「ヤッホー、お兄さん達!」


 緑色の髪と同じ色の瞳。小さな体を見てからだと分かりにくいが、中身が子供ではないというのが分かる。

 尖った耳を確認すると、カルラは尋ねる。


「ハーフリングか?」

「よく分かったね、その通りだよ! お菓子屋さんを探しているんだけど、君達知らない?」


 この町にある菓子の店は一件しかない。驚きで目を丸くしたプレタが答える。


「オレの、店だ」

「じゃあ、ボクの師匠だ! 一生懸命働くから、これからよろしくね!」


 何も、気にすることなど無かったのだと、時間の無駄だったと、そう思う間もなく安堵の吐息が聞こえる。

 いつの間にかできた弟子を、いつの間にか受け入れていたから、カルラには悩む暇がなかった。


「ああ、オレは厳しいからな?」

「夢のためなら、頑張れるよ!」


 ただ、自分の師にもこんな悩みがあったのだろうかと、カルラは二人の握手を見守った。

パス・トーリメイカー(18)

特技……糖菓子作り

備考……外見は十代前半くらい。しかし、シュラとは違って種族的なものである。ドワーフの血で腕力は高い。服装は今のところエルフ装束。

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