1月29日晴れ 『東の森にて』
「新しい情報入ったぞ」
「どうだって? ガセだったか?」
槍のエルフが、深刻な表情で首を横に振る。
「いいや、やっぱり部隊全員気絶だってよ。どうなってやがんだか……」
「化け物でも通りすぎたんじゃないか? とりあえず、賭けは俺の勝ちだ。早く出せよ」
「まったく最悪だぜ」
精鋭部隊がやられるはずが無いと思っていた槍エルフは、鞄から自前の缶詰を出して、杖のエルフに乱暴に投げ渡す。
そして、一休みしようと丁度いい石の側にたったとき、こちらに向かってくる人影に気がつく。
急ぎ足のその人物を、二人は道を塞ぐようにして止める。
「おい、お前。ここは今通れないんだ。明日まで待ってくれ」
「何故だ? 僕は急いでいるのだが」
革の手提げ鞄を持った男は、背筋をまっすぐ伸ばして二人を見据える。
腕に自信のあるエルフ達が通す気配はない。
「隊長の命令でな。文句なら、あの町の鍛冶屋にでも行ってくれ」
「つまり、貴様らはカルラのために、ここに居るのだな?」
名前を出すと、エルフは笑みを浮かべ、男の肩を掴むために手を伸ばした。
男は鞄をその場に落とした。
「なんだ、知り合いか。それなら少し話を聞かせて貰ーーー」
槍のエルフは声にならない悲鳴をあげて、その場で膝をついて動かなくなる。
男は、出された腕を逆に引いて、鍛えられたエルフの腹に拳を一撃食らわせたようだった。
「アイツのために僕が立ち止まる理由はない。患者が待っているんだ」
「このっ……!」
焦った杖のエルフが、咄嗟に魔法の雷撃を繰り出す。
しかし、男は難なくそれを回避し、胸に二発、腹に一発、顎に一発当てる。
うめき声を漏らしながら倒れるエルフに、単調な声で男は言った。
「全治3週間と言ったところか。それでも治らなければ、僕のところに来い」
鞄を拾い上げ、再び彼は歩み出す。
前方にはエルフが作った木製の壁が見える。
「僕は医者だからな」
男は頑強な壁を視界に捉え、近くにあった人間の胴体ほどの岩を、片手で軽々と持ち上げた。
超短編『暴力医者が居たわけ』
「エイルめ、僕に筋弛緩剤を打ったのか? 体が重い……。悪戯もほどほどにしてほしいものだ」