1月28日曇り 『行商人1名』
「新しいの、入ったぞー」
今日も鍛冶屋の前でつまらなそうに、通りを行く者達に対してカルラは呼び掛ける。
普段と変わらない行いであるのだが、あまりに何も変わらないため、その横でシュラは不安そうな顔をしていた。
「あの、もう明後日なのですよ? 本当に、このままで良いのですか?」
明後日というのは、昨日の手紙に書かれていた期日で、シュラの兄貴が襲撃してくる日時を事前に知らせてきたらしい。
確かに、友達の家に行くときは事前に連絡するのが礼儀ではあるのだが、それはお菓子やお茶の準備があるからであって、返り討ちの準備をさせるためではない。
しかし、せっかく時間が貰ったのだから、活用するべきところではある。
カルラはシュラの頭の上に軽く手を乗せた。
「心配すんな、成るようになる。あんまり気にすると縮むぞ?」
「えっ、それは本当……て、誤魔化さないでください! 兄が来たら、このお店潰れてしまうかもしれないのですよ!」
少し信じかけたな。
なかなか引き下がらない助手に困り、カルラは頭を掻く。
「そう言われてもな、材料が来なきゃ話になんねぇし。そろそろ来る頃だとは思うんだけど。……お、来たぞ」
そう言った視線の先には、十台の大型牛車の列が工房へと向かって来ていた。
その所帯が店の前まで来ると、中央の一際大きな車の扉が開き、少しばかり若すぎる少女が飛び出す。
「おやおや鍛冶屋の人ではないですかぁ。お久しぶりですね、ねぇ?」
「月一でしか来ねぇからな、お前」
結んだ二つの髪が楽しそうに揺れている。この一派の主とは思えない、無邪気な笑顔が眩しい。
「この方が、行商人さんですか?」
不思議なものを見るようにシュラが尋ねる。確かに小さいが、シュラほどではない。
外見的には十台後半といった姿で、幼い子供のように手を振った。
「そだよ。商業ギルド【杖ノ剣】所属、アラウリィ・クピテア・アーガレット。……君、前も居たっけ?」
「いえ、初めてです。シュラと言います」
「シュラ、シュラ姫、シューちゃん! シューちゃんって呼ぶね、ね! ねっ!?」
「え、は、はい、構いませんよ」
言った途端にアラウリィは跳び跳ね、全身で喜びを表現する。
「ヤッター、親友が出来たよ、鍛治屋さん!」
「そうか、ヨカッタナ」
もはや、どうでもいい。
「挨拶しただけですよねっ!? カルラさんも肯定しないでください!」
あだ名を容認したはずが、思わぬクラスアップをしていることに驚くシュラは、話を変えようとカルラに言った。
「カルラさん、商団を止めたのなら、何か買いたいものがあったのではないのですか?」
「ああ、そうだった。ラウ、龍燐とデンズラーロイト鉱石をくれ」
極めて特殊な要望を聞いて、一瞬理解できていない様子で固まる。
「龍の部位と、隕石? 兵器でも作るの?」
「まあ、そんなところだ。無いのか?」
「無いわけじゃないけど、貴族用に仕入れたものだけだから、かなり高額になるよ」
「どのくらいですか?」
帳簿を片手にシュラが尋ねると、ラウは軽快に算盤を弾き、険しい表情で必要な金額を提示した。
「ざっと、1,500,000Gだね。出せる?」
「ほいよ」
カルラは金貨の入った大袋を手渡す。
「どうしたのですか!? この大金」
「へそくり」
戸惑うシュラを他所に、商談は無事に成立する。商品を置いて、袋を片手に車内に戻るラウは、窓から頭を出して、大きく手を振った。
「またね~! シューちゃん!」
俺は?
石畳に車輪と蹄の音をならしながら、風のように商団は去っていく。また来るのは1ヶ月後だろう。
しばらく大所帯が流れるのを見ていると、シュラが小さく袖を引いた。
「あの、あんな大金使っても良かったのですか?」
額から察したのだろう。あれはシュラが来る前から貯めていた金だった。
自分のせいでそれを使わせたのではないかと、それを心配しているのだろう。
カルラは強気に、大きく鼻を鳴らす。
「ふん、別にたいした額じゃねぇ。それにアレだ、俺の腕を試すための金だから、気にすんな」
「……そうですか。今日は良い日ですね。同年代のお友達も増えましたし」
嬉しそうに、沸き上がる声を抑えるようにしてシュラは笑う。同年代と聞いて、ラウが実は6つも年下であることを、カルラは隠すと心に決めた。
今落ち込まれたら、きっとしばらく立ち直れないだろうから。兵器開発の計画を練り、カルラは工房へと戻る。
周囲を取り囲むように夜営するエルフの戦士達には、まだ気づいていない。
アラウリィ・クピテア・アーガレット(11)
特技……商談
備考……商業ギルド長の娘。シュラとは違い成長が早いため、年齢の割には大人っぽい見た目をしている。内面はその限りではない。