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カジヤノキヤクビト  作者: No.
序章とか、≪オマケ≫とか
3/411

1月1日曇り『勇者1名』

「新しいの、入ったぞー」


雨でも降りそうな暗い雲に向かって、カルラは退屈そうにそう言った。そして、誰も居ないことを確認して手を叩く。


「……よし、今日の仕事はおわりっ!」

「終わっちゃダメですよっ!」


ダメ店主のだらしない態度に、奥で帳簿をつけていたシュラが大きな声で注意をする。


「いやー、だって客いねぇし。趣味に走ってもバチは当たらねぇよ。今までだって、神様は見逃してくれているんだからな」

「その態度の罰が今なのでは?」


呆れた様子で、帳簿とにらめっこをしながらシュラは溜め息をつく。


「せっかく、素晴らしい作品があるのに、売らないのは勿体ないですよ。それに、資金繰りも厳しいのですから」


金のことを突かれると痛いが、鍛冶仕事に戻りたいカルラは拗ねたように口尖らせて言い訳した。


「そうかも知んねぇけど、実際客が来ないと―――」

「武器と防具を売っていただきだい」


丁度そのとき、店の前に旅人らしき精悍な顔つきの男が訪ねてきてしまう。


「来ちゃったよ……」


あからさまに嫌そうな表情を浮かべるカルラに対し、シュラは愛想の良い笑みで接客のために前に出る。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

「この度、勇者の任を預かったミハエル・コルトと言う。魔王討伐のために、この金で我に合うような装備買いたい」


ミハエルは小さな麻の小袋差し出す。魔王と聞いて、自分の作品を試すことができると、カルラは途端に表情を明るくした。


「魔王討伐か、そいつは大層なこった。うちは最高の品ばかりだから、絶対に勝たせてやるよ。何が欲しい、ロトの剣か? バーバリアンソードか? ファルシオンか? 何でもあるぞ」

「それは心強い!」


そんな二人の会話を他所に、シュラは渋い顔を浮かべている。


「でも、カルラさん。この方、10,000Gしか持っていませんよ?」


受け取った麻の袋を覗いてシュラは言う。カルラは何が問題だとばかりに首を傾げて尋ねた。


「あー……それって、どれくらい?」

「もうっ、そろそろ金銭感覚を身につけて下さい。……ミハエルさん、これでは皮防具一式と、鉄の剣が一振りしか買えません」


となると、なりたて冒険者並の所持金だ。それで魔王退治とは、大いに心もとない。


「だそうだが、お前ほんとうに勇者か? こんな少額で、よく大層なことをする気になれたなぁ……」


訝しげな視線を向けるカルラの発言に、ミハエルも大きく同意を示す。


「うむ、我もそう思う。実のところ、占いにより勇者に選ばれた訳なのだが、王も半信半疑で、大金を持たせてはくれなかったのだ。せめてもと、市民には協力するようにお触れを出してはくれたのだが」

「占いでものごと判断するって女子かよ、うちの国は。悪いが王様に賛成だな」


巻き込まれたらしき勇者を少し哀れに思う二人に、ミハエルは深々と頭を下げる。


「そこで、貴殿らに頼みたい。少し代金をまけてはくれまいか。いつかその分を返しに来よう」

「うーん、俺はいいが……。シュラ、どうにかなんねぇか?」


話が向けられた店の財務担当であるシュラは、顎を擦りながらソロバンを凝視して答えた。


「そうですね。失敗作とかなら、どうでしょう。在庫が無くなって、こちらも助かりますし」

「ふーん。じゃ、さっき作ったアレでどうだ?」


天井に吊し上げられた剣を、カルラは親指で差す。

柄には紅色の糸が使われ、鈍色に輝く刃は美しい。ただ他の剣と異なる点は、反りがあって片刃であることだった。


「あの剣ですか?」


作った物が多いため、いつの間にか増えた品に気がつかなかったシュラは不思議そうにその剣を見つめる。


「あれは『切れぬものは何もない剣』だ。気を付けろ、頭がさっくり切れるから」

「なんてものを、天井に下げておくのですか!」


しれっと危険物の太鼓判を押したカルラは、弟子に怒鳴られて苦笑いを浮かべている。カルラは逃げるように客人の方を見た。


「まあまあ落ち着け……。それで、あれ一本丁度100,000Gでどうだ?」

「あ、有難い! それでお願い致す」


誤魔化すように、原価と同じくらいの値段を提示すると、ミハエルは嬉しそうに頬を緩ませる。


「毎度あり~」

「では早速、旅に出るとしよう」


剣を受け取った勇者ミハエルは、数回その使い心地を試すように素振りをしてからそう言って、来た道を戻る。


「え、もうですか? お茶でも飲んで行かれては……」

「急ぐ旅でな。我を待つ、たくさんの人のために行かねばなるまい」


決心は固いようで、勇者に相応しい心模様を胸に、冒険の旅へと歩み始める。


「さらばだ」

「またのご来店をお待ちしております」


足早に去るその影は、遠く森の中へと消えていく。

店内に戻った二人は、先ほどの勇者について語りだした。


「勇者様なんて初めて見ました」

「俺もだ。にしても、売れて良かったなー」


安心したように、カルラは欠伸をしながら釜戸に向かう。それを聞き、思い出したようにシュラは疑問を口にした。


「あの剣、何で失敗なのですか? よく切れるのは良いことでは無いのでしょうか」


当然の疑問に、カルラもまた当然のように返す。


「切れぬものは何もない剣だから、だよ。触れたものを全て切り刻んで、鞘にも収まらないから、吊るすしかなかったんだ。扱いに困っていたから大助かりだよ」


よく切れる最高の剣に、断絶の付与魔法を加えたときのことが思い出される。試し切りで、台座にしていた岩まで切り裂いてしまったのだ。

シュラは青い顔をしてカルラを見る。


「では、あの方は……ずっと刃物を抜き身で歩くのですか?」


人の多い町中を凶器を持って徘徊する、そんな勇者の姿を想像すると、なんとも言い難い心情になる。


「ん、そうなるな」

「なんてものを、渡しているのですかっ!!」


ポカポカと可愛らしく、カルラの腹のあたりを叩くシュラ。宥めようとするカルラの声が呑気に響く。


「だから、失敗したって言ったろ。でも、アレなら絶対魔王ヤれるよ。城ごと、まっぷたつに切れるって」

「それじゃあ、魔王なんかよりも怖いですよ!」


こうして巷では、『絶対切断の勇者』の名と共に、『刃物の危険人物』の出現が報告されるようになったとさ。

ミハエル・コルト(19)

好きな食べ物……野菜

備考……パーティー募集中

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