1月25日吹雪 『将軍1名』
「寒っ!」
朝方、起きると雪が降っていた。いや、降っていたなんて半端なものではなく、無数の銀結晶が地面に目掛けて突き刺さっていた。
自室の窓から見える景色は案の定、白く染まっている。そもそも窓が凍りついていて、大して景色など拝めはしないのだが、それでも今日の天気を予見させることくらいは許してくれる。
ベッドも寒くなりそうだから、さっさと下に下りるとする。工房の炉に火を灯せば、熱くなるほどに暖は取れる。
悴みそうな足を急がせ、1階に行くと、外へ出る扉を開けた。
目に留まったのは、閉まっていたはずのシャッターが開けられていて、シュラが誰かと話している姿だった。
シュラもこちらに気がついたようで、にこやかにこちらを見る。
「カルラさん、おはようございます。お客さんが来たようですよ!」
指し示すその場所に視線を向けると、氷柱の生えたコートと、頭には氷の王冠を被る、見るからに寒そうな髭の男が立っていた。
手に持った槍を高らかに掲げ、自己の存在を証明するように宣言する。
「我こそはぁ、冬将軍なりぃ~!」
その瞬間、カルラの前蹴りが将軍の顎を命中させた。
室内家屋部分。
暖炉に火をくべ、暖かい飲み物をテーブルの上に置いて、冬将軍に向かってシュラは心配そうに眉を歪める。
「大丈夫ですか? カルラさんが怪我をさせてしまって……」
「シュラちゃん、シュラちゃん、俺も怪我したよ。心配して、腕折れたよぜったい」
ボロボロの体を震わせて、冷たい床に正座させられているカルラが言うと、シュラは辛辣に鼻を鳴らす。
「大丈夫です。明日には直ってますよ」
「シュラちゃん、漢字が違う」
直るじゃくて、治るだから。人体は修理できないから。
「そんなことより」
そんなこと?
「将軍さん、本日はどのような御用事で?」
「ふむ、我は道を尋ねに来たのだ」
冬将軍は髭を撫で、すでに冷めきっている紅茶に口に含む。彼が何者かを知らないらしいシュラは、愛想の良い笑みを見せる。
「雪が降っていますから、大変ですよね」
業を煮やしたカルラは、会話に横槍を入れる。
「いや、原因こいつだろ。シュラ、冬将軍って何か分かっているのか? あと、寒くねぇのか、そんな薄着で?」
シュラの服装は、真冬には少し足りないと思わせるような、生地の薄い上下の部屋着だった。
「私は平気ですよ。子供は風の子、と言うではないですか」
ああ、なるほど。そう納得して頷いてから数秒後、ようやく気がついたらしく頬を赤く染める。
「……子供ではありませんっ!」
もう遅い。
「それで、冬将軍さんをご存知だったのですか?」
尋ねられたカルラは立ち上がり、自分の体温を離さないように腕を組んで、民間伝承にいまいち疎いシュラに、知っている限りの情報を伝える。
「知ってるも何も、有名人だ。世界に冬を運んで、寒さで人々を震えさせる存在だ。この雪だって、こいつがここに居るからに違いねぇ」
「言いがかりではないですか! 冬将軍さんがそんなことをしたという証拠でもあるのですか」
「こんだけ暖房いれても寒い室内が何よりの証拠だっ!」
室内の気温は外気より多少高い程度の一桁台だろう。吐く息が白く凍りついて消えていく。
雪が降っているからと言って、こんなことが起こることは不思議を通り越して、異常だ。
そこまで言われ、将軍は目を伏せて溜め息を付いた。その息も寒いから止めてほしい。
「シュラ君、彼の言うとおりだ。この吹雪は我の責任」
「ほれみろ」
「何か、深い理由があるのかもしれませんよ!」
純真無垢なその瞳に、冬将軍は戸惑う。
さっき自分で道に迷ったと言ったばかりなのだから、その反応は至極当然と言える。
しかし、冬将軍には武の心があるため、嘘を吐くことはない、
「その通り、ここにたどり着く前に大変なことがあったのだ」
こともなかった。武人として、小さな誇りを守るつもりでいるらしい。
カルラの冷ややかな視線に、冷や汗を滴ながら、冬将軍は話を考える。
「我は先ほどドラゴンに遭遇してな」
「え、この辺りにドラゴンはいませんよ?」
早くも地雷を踏んだようだ。何とか巻き返そうと、言葉を紡いだ。
「間違えた。マンドラゴラに足を取られて……」
「いねぇな。もっと南だ」
「兎に追われ……」
「この辺りにはいませんね。もう少し北です」
「人が……」
「しつけぇぞ! てか、人間はどこにでも、うじゃうじゃいるからな。諦めろ、迷っただけなんだろ!」
将軍は唇を噛み、悔しそうに唸ってから、詰まっていた空気を吐き出すように呼吸する。
寒いし、少し臭い。加齢臭だろうか。
外は未だに吹雪いている。
「ふむぅ、その通り。我は道に迷った」
「最初からそう言えばいいんだよ。で、どこに行きたいんだ?」
「おお、有難い!」
行き当たりに神様にでも会ったように、将軍は大手を広げて笑みを浮かべる。
髭の男にそんな反応をされても嬉しくないが、これも人助け、妖精助けと思って、彼の道筋を照らしてあげても良いだろう。
将軍は行先を告げる。
「メイド喫茶はどこに行けばあるのだ?」
その瞬間、カルラのボディブローが将軍の下腹部に炸裂した。
冬将軍(?)
趣味……世直し
備考……女の子が集まる場所を求めて世界を回る。ただし、その身の冷たさと、寒いギャグは評判が悪い。




