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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
26/411

1月24日曇り 『親子一組』

「新しいの、入ったぞー」

「こら、サトシ。どこに行っていたんじゃ! 早く戻るぞ」


何かボケたことを言う杖を突いた老人が、カルラの手首を掴む。

しかし、その皺だらけの顔に見覚えもないし、サトシではないため軽く振り払う。


「誰が、どこの世界の十代だ、ジジィ。一人で土に帰れ、営業妨害だ」


世界観を揺るがすこと言うんじゃない。

カルラの言葉が気に障ったらしい老人は、入れ歯の口を開き、唾を散らしながら怒鳴りだす。


「誰がジジィだ、まだ花の90代じゃ。女の子達には見かけより若いと言われる年齢なんじゃ」

「花っていうか、花を手向けられる年齢じゃねぇか。あと、それ絶対お世辞だからな、いい年してどんな店行ってんだよ」


そんなことをしていると、例のごとくシュラが間に入ろうと顔を出す。

小さな足音が近寄ってきて、足元付近で止まった。


「カルラさん、お客さんですか?」


老人は懐かしいものを見たように、目を大きく見開いた。


「おお、花子。元気だったかい? そろそろ七五三だったかな、子供の成長は早いものだ」


初対面の人間による恒例の会話に、シュラはいつも通り頬を膨らませる。


「私は子供ではありません!」

「ほれ、千歳飴じゃ」

「え? ……あ、花子さんでもありません!」


そう言って、抗えぬ物欲にシュラは渡された飴を舐める。綺麗な和装に身を包めば、さながら七五三のように見えるだろう。

そろそろ老人介護に割く時間も無くなってきたため、カルラは話を切り出した。


「爺さん、俺らはサトシでも花子でもねぇんだよ。もっと面倒な」

「いんや、サトシだ。サトシ以外の何者でもない。目があって、鼻があって、口がある。まさしくサトシだ!」


はっきりと確信を持った目でそう言われると、もしかしたら自分はサトシなのかもしれないと思わされる。

しかし、深く考えなくとカルラであった。

カルラは眉を下げ、呆れたような声を出す。


「もうちょっと視野を広く生きろジジィ。そんなもの、花子にも爺さんにも太郎にもあるじゃねぇか」

「カルラさん、太郎さんは出ていませんでした」


そもそもサトシも花子も居ない。

老人の扱いに手間取っていると、急いで足を動かしながら、若い男が近づいてくる。


「じいちゃん、そんなところ居たのか! 探したじゃないか!」

「ん、本物のサトシか?」

「サトシ? いや、そんな名前じゃないけど……、オレはその人の息子だよ」


息子も心当たりがないのなら、サトシって誰だ?

ともかく、保護者が見つかったのなら有り難く、押し付けさせてもらうのが妥当だろう。

そう思って、カルラは老人を息子の方に向ける。


「さっさとボケ老人連れてってくれ」

「ああ。それにしても、悪かったね。最近、めっきりボケが進んじゃってね」

「儂ゃ、ボケとらん。どちらかというと突っ込む方だ!」

「それはボケか? ジジィ」


杖を振り回し喚く老人を見て、息子は微笑んだ。


「ありがとうね。こんなに楽しそうなじいちゃん、久しぶりだよ」

「こっちは営業の邪魔で、これっぽっちも楽しくねぇがな」

「カルラさんっ」


強く注意するシュラに、息子は気にしてないという風に、人の良さそうな笑みを向けた。


「いいんだいいんだ、本当のことだから。お礼とお詫びを兼ねて、何か買うよ。お勧めはあるかい?」

「へぇ、話の分かる奴だ。それなら大歓迎だぜ」


仕事だと分かると、カルラは店の中から使えそうな品を手に取り、親子の前に持っていく。


「こいつはどうだ? かなり便利だぞ」

「これは何だい? オレには首輪にしか見えないのだけど」


両手に持ったトゲの付いた赤い輪は、人型にも入るように調整されていて、丈夫な鎖も繋がっていた。


「見た通り首輪だ。魔獸でもジジィでも絶対に逃がさないくらい、丈夫な首輪だ。買うだろ?」

「買わないよ!」

「買った!」

「じいちゃんっ!?」


何故か、何に使うのかは不明であるが、生き生きとした声色で老人は受け答える。

心配そうにシュラは言う。


「お爺さん、あれは人に使うものではありませんよ。それでも良いのですか」

「シュラちゃん、俺の味方してくれないのかな」

「私はお店の味方です。変なものを売ろうとしないでください」


変なものではない。使う人間が変なだけだ。


「変じゃねぇし、格好いいし! なぁ、ジジィ」

「おうよ!」

「まあ、じいちゃんがそう言うなら……」


肩を組んでそう抗議すると、息子は折れて財布の紐を緩めた。会計を済ませると、仲良く去り行く背中に言った。


「じゃあな、ジジィ」

「じゃあな、サトシ。儂より長く生きるなよ」

「俺を道連れにしようとするんじゃねぇ」


そんな会話を最後に、二人の背中は馬車に乗り込んで見えなくなる。

見送っていたシュラは、聞き取りづらい呟いた。


「行ってしまいましたね」

「そうだな」

「少し、可哀想な方でしたね」


鎚を片手に工房に戻ろうとするカルラは、首を傾げて細めた目でシュラを見た。


「……んなこたぁ、ねぇだろ」

「でも、忘れてしまうのは、寂しいことですから」

「他人が誰かを分からなくなったって、息子のことはわかったろ? それでいいじゃねぇか。どんだけ忘れても、大切なもんさえ覚えていりゃ、それだけで人生は輝くもんだ」


シュラは呆れたように、楽しそうにカルラの後を追う。


「そうかもしれませんね」


足元まで近づいたところで、シュラは何かを思い出したようカルラの顔を見る。


「……そういえばカルラさん、硝子の粉末どこに置きましたか? さっきから探しているのですが」


何のことかを理解して、カルラは足を止めた。そして、誤魔化すように黒目を泳がせる。


「えっ。あー、でも大切じゃ―――」

「大切です! 今すぐおもいだしてくださいっ!」


これでは老人もバカには出来ない。

もしかしたら、サトシも忘れているだけなのかもしれない。そう思いながら、カルラは思い当たる場所を必死に探すのだった。

老人(95)

趣味……大人の秘密

備考……腕利きの商人で、その世界では有名。ある業界ではカモとして有名。


息子(24)

趣味……ごますり

備考……息子だと思っていたようだが、実は孫だった。直すの面ど―――


サトシ……誰?

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