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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
25/411

1月23日曇り 『戦士1名』

家族思いの兄貴が居たそうだ。

族長の息子である兄は、小さな村を発展させるためにと、自分のことを後回しにして働いていた。

だから、妹が夢を追うことに反対しているらしい。


そんな彼が、うちの店を襲撃してくるのだから、何か対策をするべきなのだろう。


「新しいの、入ったぞー」


今日も平和に、カルラは言った。


「……って、何で普通にお店やっているんですか!?」


シュラが大声で尋ねると、寝不足の目を擦りながら、カルラは答える。


「え? いや、だってうちは赤字経営だし、筋肉痛程度で休んだら恥ずかしいだろ、ご近所さんになんて言われっか……」

「違いますよ! 私、言いましたよね? 故郷の人が攻めてくるかもしれないって!」


ぼんやりと、回らない頭を動かしてカルラは言葉を聞き取る。


「ああ、そうだったな。しかし驚いたぜ、シュラがハーフエルフだったなんて」

「ま、まあ、珍しいですからね」


嬉しそうに、シュラは照れた様子で両手の指をくっ付け、斜め下に視線を這わせる。

こうなってくると、ハーフリングかと思っていたから、などとは言えないだろう。


「じゃなくて、逃げなくて大丈夫なのですか!」

「逃げるったって、泊まる宿も金もねぇ」


この町の宿屋は論外だ。近すぎるし、あの爺に安易に恩を売ったら面倒だ。どうせ従うつもりはないのだが、それでも優位に立ったと思われるのは勘にさわる。

それに、攻めこまれるのはこの町ではない。


「そのシュラの兄貴ってのは、町には何もしねぇんだよな? なら、いいじゃねぇか。俺だけでもなんとか出来るから」

「確かに、攻撃するのはお店とカルラさんだと言いました。お兄ちゃんは真面目な方ですから」


拗ねたように小さく言うと、一歩前に踏み出して、語気を強めた。


「ですが、カルラさんだけでエルフの戦士は……」

「お、いらっしゃい」


店の前に、客とおぼしき騎馬停まる。


「っえと、あ、むぅ~……。いらっしゃいませっ!」


来ることがないだろうと油断していたのか、シュラはあたふたと落ち着かない様子で言うと、怒って店の奥に引っ込んだ。

背中に剣と盾を持った男は、不思議そうにそれを見送る。


「あの娘は、どうかしたのか?」

「気にするな。たぶん突発性の反抗期とか、雛祭りとか、七五三とかだ。うちじゃ、よくあるんだよ」

「いや、七五三は突発的にやらんだろ?」


雛祭りも突然始まるものではないし、反抗期は風邪か何かではない。

カルラは適当に、大きな欠伸をしながら受け答える。


「んなこたぁ、どうでもいいだろ。今日は何をお買い求めで?」


訝しそうな視線を向ける男だったが、後ろで利口に停まる馬の背中を叩いて、要望を口にする。


「実は馬の鎧が欲しくてな。もしかして、ここでは売っていないか?」


店を見回しながら、不安そうにそう言う。

それを察したカルラは、あたかも演じるかのように、大きく首を横に振ってみせた。


「お客さんは、運がいいねぇ。たくさん取り揃えているぜ」

「そんなに売れるのか?」

「ん、そ、そうだな。人気商品だと言っても過言ではなくはない」

「過言なのか」


過言である。


「まあ、見てってくれ。硬いの、軽いの、燃えるの、萌えるの、何でもあるからな!」

「なんか色々おかしなものが混じっているが、とりあえず全部見せてくれ」

「あいよ」


そう言って店の中に案内するとカルラは、黒く艶のある金属で覆われた、馬の脱け殻のようなものの前に案内する。

似たようなものを見てきた男は、目を輝かせてそれに詰め寄る。


「これが硬い鎧か。強そうな外見だな」


ごつごつとした表面と、頭の部分には角のような飾りも付いていて、細かい部分に金の装飾で彩られている。

戦場を走れば、まず間違いなく目立つだろう。

カルラは腕を組み、鼻を高くする。


「薄い黒鉄を何重層にも取り付けた、こだわりの一品だ」

「これにしようかな。ちょっと馬に付けてみても―――って重過ぎないか、これ!?」


馬の元に持っていこうと両手を下に入れた男は、顔を真っ赤にして息切れを起こす。

そんな状況にも関わらず、カルラは平然としていた。


「総重量100キロの馬鎧。当たり負けしねぇぞ?」

「これで走れたら、もう鎧いらないだろ! 他のを見せてくれ」

「じゃ、軽いのだな」


次に見せた鎧は白く、装飾こそ少ないが、部品が細かく組合わさっていて、馬に取り付ければ鱗のように輝くと思われた。


「重量軽減に拘り抜いた品で、材料には希少なカルイノ鉱石を贅沢に使い、飛び交う矢を弾くほどの強度を誇る。これならどうだ?」

「おお、外観もいい、これは凄いな!」


男は顔を近づけ、鎧の反射に自分を移す。


「……ただ、その、なんというか、小さすぎないか?」


写ったものは鼻先ほどで、鎧の大きさは手のひらに乗るくらいに小さい。


「これ、ポニーでも入らないだろ」

「いやぁ、重量軽減に拘り過ぎて、材料少なくなっちゃってさ。でも大丈夫、お宅のお馬さんも遠くから見れば付けているように見えるから」


遠近法というやつである。


「いや、付けられなきゃダメだからな? 何その無駄な拘り、捨てろよ」


真っ当な意見に、カルラは深いため息を吐いた。


「全く、お客さんは我が儘だなぁ」

「まったくもって、普通のことだからな? 普通に馬に付けられるものが欲しいだけだから」

「そんな融通の利かないお客さんにはこれ!」

「人の話聞いてる?」


盛大に無視して、次の馬鎧を見せる。

赤黒いそれは、異様な雰囲気を醸し出していて、見るからに尋常ではない品であることを理解させる。


「強度も上々、材料も十分。気分良好で作ったこれは、ちゃんと馬にも付けられる!」

「まあ、確かに格好いいな」

「欠点としては、触れると燃える。お得だね」

「損だろ! なんで不良品を押し付けようとするんだよ!?」


不良品しかないからである。


「いや、だって、お客さんが馬に悩まされているようだから、もう見ていられなくて。これを使えば悩みも消えるし」

「焼肉にしろってか? 言っておくが、悩みの種はお前だからな! もういい、別のところで探す」


立ち去ろうとする男の肩を、カルラは掴む。そして、宥めるように人差し指立てて言った。


「いやいやいや、最後のやつだけ見てってくれよ。次のやつは最高傑作なんだ」

「……最後だからな?」


懲りもせずにカルラに付いていく男は、カルラの先導で店の裏手にある倉庫まで歩く。

中程まで行くとカルラは、中央に置かれている品の、掛けてある布を上に上げた。


「当店の最高傑作が、これだ」

「帰るぞ」


鎧を見た男は即座に踵を返す。そんな男の肩をきっちり掴んで離さないカルラ。


「待てよ、早まるな」

「見れば分かる。なんだこの、キャピキャピした絵は」


ずいぶんと古い表現である。

その馬鎧に描かれていたのは、可愛らしい女の子のきわどい絵であった。


「萌える馬鎧だよ。最近の若者向けに作ったんだ。見かけはああだが、オークの一撃にも耐えられるように設計してある」

「確かに凄いが、これは……」


男が戸惑うのも当然だ。戦士として、男として、このようなを取り付けて走れば恥となるからだ。

カルラは男の肩を掴み、真剣な眼差しを向ける。


「無駄な拘りは捨てるべきだろ? それとも何かい、あんたは女の子にモテたいがために馬鎧を買うのか?」

「ち、違う。国を守るためにだな……」

「なら、いいじゃねぇか。男も鎧も、外身より中身だろ」


男ははっとした顔をして、すべてを悟ったように小さく笑う。


「わ、分かった買おう。国のためなら仕方ない」

「毎度あり~」


男は財布から金を出し、カルラに支払う。鎧を馬のところまで運び、装着してから男は走り出した。

すごく目立つことには変わりなく、生半可に強いものだから、有名になることだろう。


満足そうに金貨を手元で転がすカルラの後ろで、シュラが囁くような細い声で尋ねる。


「本当に、何もしないのですか?」


不安げに、本気で心配しているようで、落とした視線はどこか悲しげだった。

カルラはシュラの前まで行くと、そっと頭の上に手を置いた。


「んなわけねぇだろ。店を守るんだ、それなりに準備がいる。そのために、金がいるんだよ」


離れた手の感覚を忘れないように、シュラは両手で頭の上に乗せる。そして、小さな唇を微笑ませた。


「でも、大量破壊兵器なんて、作らないでくださいね? 来るのは、私の家族なのですから」

「分かってるよ。それに、んなもん作っても持て余すだけだからな。邪魔になる」


作れないとは言わない。

エルフの集団が何をするのか、そんなことも分からないまま、カルラは大きく欠伸をするだけだった。

戦士(23)

趣味……ファッション

備考……痛車があるなら痛馬があってもいいよね。絶対乗らないけど


ハーフリング……小人のこと。

本作ではエルフとドワーフのハーフで、主な特徴は、背が低くて細身の体と、尖った耳。


ハーフエルフ……人間とエルフのハーフ。

元々エルフが人間に近いため、エルフとさほど変わらない外見。主な特徴は、色素の抜けた体の一部と、尖った耳。

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