1月21日曇り 『迷子2名』
「…………チッ」
釜戸の傍の土間に座り込み、カルラは苛立ち気味に拳を地面にぶつけた。
他に誰も居ないと分かりきった店の方から、誰かが近づいてくる気配がする。
「あら、不機嫌そう。また何かやった?」
「なんで毎回、善良な俺が原因だと思うのか聞いて良いか?」
「善良ではないからかしら」
事情を知らないイグは、あるいは知っていても尚、平静で、長い睫毛をゆっくり瞬かせ、真っ直ぐカルラを見据えた。
「あの子と何かあった?」
「占いか? よく当たるもんだな、羨ましい限りだ」
「……」
痛々しい笑みに、イグは掛ける言葉を見失う。
何も言わずに見据えるその視線に耐えかねたカルラは、虚ろに視線を反らした。
「昨日、帰ったらシュラが居なかった。何かあったのかと思って探したら、書き置きが見つかった。里帰りだとよ。んで、もう帰らないらしい」
急いで書かれた文字は脅されたようでもなく、丁寧に封印まで押されていた。
目を伏せて、イグは尋ねる。
「どうするつもり?」
「どうするも、本人が帰りてぇって言うんなら、止めやしねぇよ。好きにすりゃいい」
カルラがそう言うと、イグは呆れたとばかりに溜め息を吐き、もう一度、鈴色の声を室内に響かせた。
「言葉を間違えたわ。貴方はどうしたい?」
カルラは目を閉じ、言葉の意味を噛み砕くように時間をかけ、そして答える。
「……まだ教えてないことばかりだ。だから、戻ってきてほしい、かもな。だが、俺には権限はねぇ。シュラなら、計算も出来ねぇ俺なんかより、ずっと良い師匠を見つけるだろう。大丈夫さ」
「府抜けたわね」
言い訳染みた言い分に、イグは冷たく、淡々とした口調で言う。
「昔の貴方なら、もっと自分勝手に連れ戻したはず」
「うるせぇ、俺の何が分かんだよ。お前は俺の母ちゃんか」
「いいえ、元同僚のイグノラネスよ」
分かりきった発言に真顔に答えたため、カルラは反応に困り、戸惑いながらイグを見た。
「……冗談だぞ?」
「……冗談返しよ」
気づいていなかったらしく、目を逸らされる。朝焼けの逆光が眩しくて見えづらいが、珍しく頬を染めているようだ。
どちらが腑抜けか。
それを誤魔化すように、イグは少し大きな声を出す。
「追いなさい。それを、あの子も望んでいるわ」
その言葉に、カルラは鼻で笑う。
「都合のいい話だな。それも占いか?」
「いいえ、これは乙女の勘」
至って真面目とばかりに、表情を動かさずにそう言った。
お節介な占い師だ。
後悔は先に立たずと言うが、先を見える者はどうだろう。後悔などなく生きられるのだろうか。
いや、もっとマシな未来があれば、自分が何か変えられたのなら、そう思うこともあるかもしれない。
とりあえず、占い師の助言に逆らうよりは、外れたときに慰謝料を貰う方がマシに決まっている。
カルラは膝に手をつき立ち上がり、イグの隣を通りすぎる。
「そうかい。ちょっくら行ってくるよ。言っておくが、お前に言われたからじゃねぇぞ。うちは……ほら、あれだよ、退職届けを手渡しでしか受け取らねぇとかいう厳しい企業だから」
並べられた理由に、イグは満足そうにくすりと笑う。
「あの子は南の森よ」
「そうか。まあ、その、助かった」
礼を言い、カルラは走り出そうと身構える。
「じゃ、行ってく―――」
「―――あっ、東の森だった」
勢いのまま転ぶカルラ。すぐさま立ち上がり、擦りむいた顔をイグに近づける。
「おーい、てめぇ。俺の感動的な場面になんで間違えるのかな?」
「忘れただけよ。早く行きなさい。口臭いわ」
「何それ、ちょっと傷つくからやめて!」
気の抜けるような会話に切りを付け、カルラはもう一度身構える。
「じゃ、今度こそ行くからな!」
止める者も居らず、素早く街道を東へと掛けていく。
残されたイグは唇に指を当て、斜めの方向を見る。
「あ、西だった」
思い出した未来を聞くことは、もう叶わない。
カルラ・ピースメーカー(21)
特技……物作り
概要……筋肉質で高身長は作者の憧れ。作業中は手拭いを頭に巻き、紺の作務衣を着ている。
下着は履いてますよ、どうでもいいね!




