1月19日曇り 『占い師1名』
「新しいの、入ったぞー」
と言う前から、彼女はそこに立っていた。
店の前で人形のように表情ひとつ動かさず、深く被った鍔付の帽子の影から、黄金色の瞳を光らせる。
そして、カルラが目を合わせると同時に、作り物めいた綺麗な顔に笑顔を浮かべた。
「あら、久しぶり。元気?」
「イグ……」
彼女のことを知っていたらしく、名前を呼ぶカルラ。その声に溜め息が混じるのは、懐かしさだけが理由ではない。
「こんなところで会えるなんて奇遇ね」
カルラは斜めに掛けた鞄を睨んで、呆れたような口調で言う。
「白々しい、どうせ調べたんだろ。お前に掛かりゃ個人情報なんてあったもんじゃねぇ」
「あら、いつから疑り深くなったの? 前はもっと、単純で、単調で、単細胞だったのに」
「誰がミジンコ脳だ? ……もう関係ねぇだろ。そんなことより、何のようだ? 戻ってきてほしいってんなら、お断りだが」
イグは小さくかぶりを振る。
「違う。ただ様子を見に来ただけ」
「あれ、お客さんですか?」
買い物袋を下げたシュラが帰ってきた。町では見ない、黒く華美な服装に目を白黒させている。
あまり触れられたくないカルラは、なげやりに答えた。
「いいや、単なる冷やかしさ。すぐに帰るから気にすんな」
「あら、何故そう思う?」
イグは当然のようにそう言うと、鞄から金色の懐中時計を取りだし、鎖の部分を持ってカルラの前に垂れ下げる。
「時計が壊れたわ。直して」
「俺は時計屋じゃねぇ」
鍛冶屋である。焼き菓子から爆弾まで作ろうとも、鍛冶屋である。
「前は直してくれた」
「道具がねぇんだよ。今は鍛冶屋で、使ってたやつは置いてきたからな」
「それならあるわ」
すべてを予見していたらしく、イグは鞄から小さめの工具箱を取りだし、掌に乗せる。
「準備良すぎかよ、出来る嫁かお前は。てか、それがあるんなら自分で直しやがれ」
「残念、不器用なの」
カルラは乱暴に頭を掻きむしり、工具箱と懐中時計を受け取った。
「分かったよ。ちょっくら中を見るから待っていろ」
精密な中身を弄るため、カルラは埃の少ない自室へと向かう。
残されたシュラはイグの傍まで近寄ると、興味と不安が見える表情で尋ねた。
「あの、カルラさんとは、どういった関係なのでしょうか?」
「昔の恋人」
即答されるシュラは、予想していた不意討ちにしどろもどろと慌てふためく。
「そ、そうなのですか。でもカルラさん、今は恋愛する気はない、と思います……けど」
その反応に、イグはくすりと悪戯めいた笑みを見せた。
「嘘、ただの元同僚。変わってるわね、あの人に惚れるなんて」
「惚れっ……!?」
「違う?」
恥ずかしげもなく尋ねるイグから、顔の赤さを隠すように手を構え、伏し目がちにシュラは答える。
「そういうのではなく、カルラさんは師匠ですから、連れていかれると困るので。でも……」
いい掛けたとき、カルラが扉を開けて戻ってきた。空気の読めない男だ。
「戻ったぞ。……何の話をしてたんだ?」
イグはカルラの方に視線移し、何事もなかったかのように返事をする。
「乙女の秘密。時計はどう?」
「歯車が1つ錆びていた。部品を変えりゃ直るだろうが、時間が掛かるだろうな。明後日、取りに来い」
「了解」
帰ろうと足の方向を変えるイグは、なにかを思い立ったらしく、再び二人の方を向いた。
そして、鞄から透明な球体を取り出して言う。
「せっかくだから占う?」
「占い、ですか?」
予期せぬ言葉にシュラは戸惑い、足りない言葉をカルラは補足する。
「イグは占い師をやっているんだ。どういう理屈なのか、1度も外したところを見たことがねぇ。困った能力だ」
「凄いのですね! お願いします!」
「了解」
シュラが空色の瞳を輝かせて観察していると、イグは水晶玉を覗くように見つめ、遠い目をする。
1分ほど経った頃、一呼吸おいてから二人を見た。
「見えた。金運は最悪。宝の持ち腐れの相が見える」
「何だそれ?」
店内に飾られた無数の商品を忘れたカルラに、シュラは訝しげな視線を送る。構わずに、イグは続ける。
「仕事運も低い。みにくいけど、怖い顔の相が見える」
「俺の顔か? ふざけんなイケメンじゃねぇか!」
「見にくい、よ。不穏な影も見える。また何かした?」
シュラとイグは、カルラの方を見る。
何か狙われるのだとすれば、態度の悪いカルラが発信源だと思うのは、至極当たり前のことだ。
「おいおい、何でこっちを見るんだよ。俺が原因とは限らねぇだろ。……ったく、俺をなんだと思ってやがんだ?」
「疫病神ね」
即答である。
イグはシュラの近くに寄り、膝を折って目線を合わせる。そして、小さな声で耳打ちした。
「でも、恋愛運はまあまあよ。良かったわね」
「ふぇっ!?」
その反応を穏やかな目で見ると、満足した様子でイグは立ち上がる。
「そろそろ宿に戻る。また会いましょう」
踵を返し、三歩進んだところでイグは振り替える。そして、シュラの顔を見て、人形のように、言い慣れた言葉を繰り返す。
「……イグノラネス・ブローニング。何か困ったら相談に乗るわ」
イグノラネス・ブローニング(20)
趣味……人間観察
作者メモ……某ゲームキャラの口調、雰囲気が気に入って真似た登場人物。未来は今、改変されたわ