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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
20/411

1月18日曇り 『冒険者1名』

「新しいの、入ったぞー」


店の前に立つと、パタパタと道を蹴る音か聞こえてくる。そして、猪のような速度を靴を擦らせ、誰かが店の前で勢いよく止まった。

土煙が晴れると、姿を現したのは十代半ばくらいの少女は、赤いフリフリとした衣装を揺らしながら、目の前にいるカルラに大して大きな声で言う。


「どもどもぉっ! 美少女アイドル冒険者のアイちゃんがお通りだぞ!」

「レース会場はここから二キロ先だ、とっとと走れ」


面倒を感知したカルラは辛辣に対応する。ちなみに、二キロ先にあるものは切り立つ崖である。

素っ気ない態度に、アイちゃんと名乗る少女は、口尖らせて拗ねてみせた。


「もう、つれないなぁ。こんなに可愛い女の子が来たんだから、もっと喜ばないと損だよ! 損しちゃうよ?」

「今すぐ帰ってくれたら喜んでやるよ。あと、今の時間が余程損失だ」

「カルラさん、お客さんですか?」


そう言って助けに入ろうとしたシュラの前に、アイちゃんはいつの間にか移動し、両手を握りしめた。


「違うよ! アイちゃんは美少女アイドル冒険者、今日は君とアイドル勝負に来たのだ!」


突然のことにきょとんとするシュラは、次に優しくにこりと微笑んだ。


「違うのなら、お帰り願えますか?」


至って真面目な接客である。


「そうそう、そうこなくっちゃ……て、えっ!? なんで!」


古いな、おい。

自分に無関係と分かったカルラは、冗談まじりにシュラに尋ねる。


「いいのか、シュラ? この町のアイドルとしてライバル心とか……」

「ありませんよ! だいたい、私はアイドルではないですし、それに今はお仕事中です」


仕事を理由に遊びを断るのは良くないと考えたカルラは、師匠らしく助言をしてみる。


「真面目だな、そんなんじゃ息が詰まるぞ。もっと肩の力を抜いて、楽しんで生きろ」

「カルラさんがお仕事を真面目にやったら考えます」

「よしアイドル、さっさと帰れ」


師匠の面目丸潰れである。


「ちょ、説得してよ! ……勝負してくれるまで、アイちゃんは動かないんだからね!」


断られそうな雰囲気に、焦りの色を見せるアイちゃんは、地面に寝転がって動こうとしない。

カルラは小さく溜め息をつき、隣で困り果てるシュラを見た。


「シュラ、面倒だから勝負してやれ」

「でも、私は体つきとか自信ありませんし」


胸に手を当て、不安げな表情を浮かべるシュラに、カルラはそっと慰めの言葉を口にする。


「大丈夫だ、誰も期待してねぇ。両方子供サイズの喧嘩で色気なんて……」

「それ以上言ったら、千切りますからね」


元気が出たのなら何よりです。

シュラは口をきゅッと結び、無防備に大の字で寝るアイちゃんを見た。


「アイさん」

「アイちゃんだよ!」


音の鳴る玩具のように繰り返される声に、シュラは戸惑いながらも言い直す。


「えと、アイちゃん……分かりました。勝負しましょう。どのような勝負をするのですか?」


勝負と聞いて、アイちゃんは身軽に立ち上がり、腰に手を当て自信ありげにこう言った。


「決まってるじゃん! アイちゃんは美少女アイドル冒険者だから、何でも有りの決闘だよ!」


何でも有り、ということは魔法も武器もありなのだろう。しかし、アイちゃんの持つ装備は短剣のみ。

カルラは眉をひそめ、囁くようにアイちゃんに言った。


「おい、アイドル」

「アイちゃんだよ!」

「命は大事にしろ。四肢をもがれて生煮えにされるぞ、その覚悟が―――デッ!」


しっかりと聞こえていたシュラは、カルラの後頭部を算盤で殴る。算盤は無しの方向で頼みたかった。

頭を押さえて呻くカルラに、シュラは頬を赤くして抗議の声をあげる。


「しませんよ! 私を何だと思っているのですか!」


とりあえず算盤で人を躊躇なく叩く人物ではある。

しかし、そんなことを口に出せば、もう一度激痛が走るだけなので、カルラは当たり障りのない答えを述べた。


「俺の弟子です」

「……よろしい。アイちゃん、では始めましょうか」

「うんうん! 君、話が分かる人だね! 同い年だとは思えない」


こいつ……シュラの歳を見破ったのか……? とんでもねぇ奴だ。こんなに幼児体型で童顔、いや幼顔なのに、本質を即座に見抜く観察眼はただ者じゃない。


「カルラさん、失礼なこと考えてますよね?」


見抜く能力はシュラにもあったようだ。

カルラは額に汗を浮かべ、挙動不審に黒目を泳がせる。後頭部の痛みはまだ残っている。


「そんなことないぞ。ちゃんと、ほら世界平和とか考えていた」

「せめて目の前のことを考えていてください」


そう言って叱るシュラの背後から、いつの間に移動したアイちゃんが飛びかかっていた。

カルラが注意する間もなく、アイちゃんは口元に笑みを作る。


「余所見してたら、危ないよ!」

「あっ……!」


その声に気付き、シュラは振り替える間もなく、抵抗する間もなく、ただなす術もなく、その場でしゃがんだ。

的を失った体は、当然その勢いのまま猪突猛進に地面に突っ込み、3メートルほど滑って止まった。

よろよろと、両手で不安定に支えて顔を上げると、アイちゃんは確認するような目でこちらを見た。

傷だらけの顔を涙で濡らし、それでも笑顔を絶やすことなくアイちゃんは言った。


「こ、今回は負けだけど、次は負けないんだからね……。覚えていてね!」


逃げ出すように走るその後ろ姿は、流石アイドルと言える程度に健気なものだった。

呆然と、何が起こったのかも分からない内に終わった決闘を噛み締めて、カルラは小さく踞るシュラを見た。


「……次回に備えて、衣装作るか?」

「作りません!」


きっぱりと断るシュラは店の奥へ、逃げるような足取りで入り、工房の扉を閉める。

一人になると、そこに聞こえる音は火の割れる音だけ。

シュラは中に誰も居ないことを確認して、小さく声を漏らす。


「しゅ、シュラちゃんだよ!」


猫なで声は響くことなく沈んでいく。そして、頬を真っ赤に染めて、シュラは呟いた。


「………………無いですね」

アイホート・チーター(15)

趣味……歌と踊り、そして笑顔!

作者メモ……辛くても泣かないアイドルって、すごいなと思います

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