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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
19/411

1月17日曇り 『医者1名』

「新しいの、入ったぞー」


視界の隅に写ったのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男。右手には革の旅行鞄。もう片方の手でネクタイの位置を直している。


男はきっちりと整えられた髪型を揺らし、真面目そうな顔つきで口を動かした。


「相変わらずだな。カルラ」

「お前は……」


驚いて三秒、記憶が腹より上に出る気配がなく、カルラはとりあえず質問で返す。


「誰だっけ?」

「どうして僕の顔を覚えてないんだ!」


金属の名前なら全て覚えてるくせに、人間関係となるとずさんになるようだ。


しかし幸いにも、怒った顔には、というよりはその特徴的な泣きぼくろには見覚えがあり、カルラは大きく頷いて、親しげに彼の肩を叩く。


「ああ、ユバスか。眼鏡かけてたから分からなかった」

「ここを出るときにもかけていただろう! お前の目は節穴か!」


納得のいかないユバスは出された手を振り払う。隣で帳簿をつけていたシュラは、啄むような形の口で疑問を述べた。


「あの、どちら様でしょうか?」

「何だ、この幼子は」

「幼くないですよ! 失礼な方ですね!」


いや、幼いよ。とりあえず算盤を壊さないで、お願いだから。


「落ち着け、シュラ。……こいつはユバスっていう、町一番の眼鏡だ」

「医者の、ユバスだ。それだと僕が視力補正器みたいになるだろ。……それで、このシュラという幼子は誰だ?」


ユバスが指差し尋ねると、シュラはカルラの後ろに隠れる。

それで免れるはずもないのだが、今は何も言うべきではないな。膝が壊される。


緊張しながら、ご機嫌を取るように落ち着いて、カルラは説明する。


「俺の弟子。こう見えても17は過ぎたらしいんだ。外見はガキでも、中身は、まあ、大人といえば大人だし、子供扱いはやめてやれ」

「お前に合わせれば全員そうだろう」

「誰が大人っぽい色気のある男だ。俺はいつまでもシャイボーイなんだよ」

「内面の話だ! あと、色気もなければシャイでもないだろ!」


二人とも子供である。

深く呼吸してから、ユバスは腕を組み、訝しげな視線をシュラに注いで言った。


「しかし、本当に17か? どう見ても10か、9くらいにしか見えん」


シュラの外見は確かに幼い。不老不死の呪いでも受けたのだろうか。


しかし、本人の嫌がる話をわざわざ続けるような、この馬鹿みたいになってはダメだ。

幸いにも、真面目なユバスの意識を反らすのは簡単なことだった。


「細けぇな10も20も四捨五入すれば0だろ。どっちだっていいじゃねぇか。今日は冷やかしに来たのか?」


目線だけが移動し、ユバスはカルラと合わせる。そして、小さな素振りで否定を表した。


「……いいや、メスを買いにきた。お前のやつは、王都よりも性能は上だからな」


嘘ではない。そもそも嘘がつける人間ではないのだ。


「お前が誉めるなんて気持ち悪ぃな。雪でも降るんじゃねぇか?」


カルラが茶化すと、ユバスは苛立ちに奥歯を噛む。


「別に誉めてない。それ以外に何も取り柄が無いのだから、それくらい出来なくてどうする、戯け」

「へいへい、照れんなよ。男のツンデレは寒気が走らぁ」

「誰がツンデレだ。デレてもなければツンでもないだろ」


ツンではある。今までのが純粋な、普通の会話だと思っているのなら改心した方がいいだろう。

カルラはけらけらと笑いながら振り返り、軽く手を振りながら家屋部分へと扉を開ける。


「じゃ、取ってくるから、ちょっと待ってろ」


まったく、と呆れたような、嗜めるような言葉を吐くと、ユバスは残された小さな少女に興味を示した。


「シュラ、あの男に何かされていないか? 他所には言えないようなことや、脅されたり」

「い、いえ、そのようなことはありませんよ」


身構えていたシュラは呆気に取られたようで、ポカンと小さく口を開く。

その答えを聞いて、ユバスは文字通り胸を撫で下ろす。


「そうか、それならいい。僕には妹が居てね、君みたいに健気で大人しい子だったから、少し不安になった」


恥ずかしげもなく言う。これが天然というものだ。

しかし、こちらも天然、臆することなく滞りない会話が成立してしまう。


「カルラさんが、虐めてたのですか?」

「子供の頃のことだから、あまり責められはしない。妹の頼みを断ったり、無視したり、避けたり、そんな小さなことではあるが、妹は悲しんでいたと思う」


過去を振り替えるように、古びた木造の天井を眺めるユバス。それを見て、シュラは目を伏せる。


「そう、だったのですか」

「おっと、もう時間だ。メスは帰りに取りに行くと伝えてくれ」


思い出したように懐から取り出した懐中時計は、約束の時間を指している。

時計を仕舞うと、ユバスは急ぐ足取りで通りを進んでいった。


丁度、入れ違いにカルラが戻る。


「遅くなった、って居ねぇのか?」

「時間が無くなったそうで、また来るそうです」

「相変わらず、時間にうるせぇ奴だな。もう少し待てばいいのによ」


真新しい木箱には、医療道具類とおぼしき品が入っている。


「カルラさん、妹さんを虐めてたそうですね?」

「は?」


唐突な会話の始まりに、カルラは眉をぴくりと動かし、箱を下ろそうと曲げた足は途中で止まった。

不快そうに目を細めるカルラに気がつかないシュラは、さらに嗜めるような口調で続ける。


「もう大人なのですから、仲良くしてくださいね。いいですか?」

「おいおい、何を吹き込まれたのかは知らねぇが、俺は虐めてなんかいねぇよ」

「え、でも、ユバスさんは……」


明らかな意見の食い違いに、シュラはようやくカルラの機嫌が悪いことに気がつく。

カルラは丁寧に箱を置き、腰に手を当て、過去を見るように視線を上に向ける。


「俺が虐められてたんだよ。いや、性格には俺ら、か。泥団子食べろとか、生き血をよこせ、とか言うから、皆して逃げ回ってたんだ。あの味は思い出したくもねぇ」


カルラは顔面を真っ青にして項垂れる。何を食べたのかは、聞かない方がいいだろう。


真実味のあるカルラの言葉を信用したシュラは、両手の指を合わせるような仕草で、意外そうに喉を鳴らす。


「あんな真面目な方に、そんな強烈な妹さんがいらっしゃるのですね。驚きです。どのような方なのでしょうか?」


少し楽しそうに微笑むシュラを、カルラは珍しいものを見るような視線を向けた。


「……そういや、まだ知らねぇんだったな。あいつの本名、ユバス・レ・マットっていうんだ」

「レ・マットというと……」


思い出させる悪夢に、カルラは顔色をさらに悪くする。


「妹はエイル、あの薬マニアの兄貴なんだよ」


頭の中で繰り返される、健気で大人しい、という単語の違和感に、シュラは気まずそうに口を結んだ。

果たして、どちらが節穴なのだろうか。


「変わった御兄妹でしたね」

「だな。まともな奴といやぁ、俺くらいだし」

「え?」

「ん?」


まともな奴は、危険を振り撒かないものだ。シュラは後ろめたさからか、諦めからか、そのことを声には出せなかった。

ユバス・レ・マット(22)

趣味……読書

作者メモ……レ・マット家は医者家系です。賢い狂人ほど恐いものはないですね

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