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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
18/411

1月16日晴れ 『肉屋1名』

「あ―――」

「聞いてくれよ、カルラぁ~!」

「……その言葉そのまま返してやるよ」


黄昏が空を塗りたくるその頃に、目の前で鬱陶しく涙を流す男は、商店街にある肉屋の主人である。

職業からか、食生活からか、なかなか恰幅が良すぎるため、大いに営業の邪魔をしてくれている。


「で、何だ? 浮気でもバレたか? だから、もっと上手くやれって言ったろうが」


適当にあしらおうと口を動かすカルラに、肉屋は頬の脂肪を揺らしながら一歩前に出て、荒げた声で否定した。


「やってないよ! ……オレら、夫婦なのに喧嘩したんだよぅ」

「はぁ? 一緒にいりゃ喧嘩すんのが夫婦ってもんだろ。いちいち、俺んとこに来んじゃねぇよ。営業妨害だ、さっさと帰れ」


手をひらひらと、野良猫でも追い払うように空を払う。しかし、この程度で売上が変わるほど、繁盛してはいない。

肉屋は肩を落として情けなく懇願する。


「そんなこと言わないで、助けてくれよカルラ。オレとお前の中だろ?」

「誰と誰の中だって? お前に貸しはあっても借りはねぇ」

「そう言わずに、助けてあげましょうよ。いつもお肉買っているのですから」


奥から茶を入れて来たシュラが、お盆を持ってそう言った。確かに肉が食えなくなるのは困ると思い、カルラは仕方なしに腕を組んで考える。


「て言っても、俺は未婚だし、シュラは子供だ」

「子供じゃありません、こんなに大人っぽいのに……」


シュラは子供のように頬を膨らませて憤慨する。大人は"っぽい"なんて言わないのだが。

そんな主張の真偽を測る物差しも無いため、無視して本題に戻る。


「カルラだけが頼りなんだよぅ。八百屋も魚屋も雑貨屋も時計屋も酒屋も断られて、あとはカルラしか居ないんだよ!」


商店街の既婚者を網羅したな。


「消去法でうちに来るんじゃねぇ、てかどんだけ人望ねぇんだよ」

「いや、初めは皆、協力してくれたんだよ。でも、毎日足しげく通ったら、もう来ないでくれって頼まれたんだ」


どうやら本当に営業妨害をしていたらしい。カルラは災害から被害を守ろうと、真顔で小さく頭を下げた。


「じゃあ俺からも頼む、帰ってくれ」


そう言うと、肉屋は不思議そうに首を傾げる。


「オレは皆に嫌われたくないから、行かないようにしてるんだよ?」

「俺には嫌われても良いってか? ふざけんじゃねぇぞ、うちは暇じゃ―――」

「相談乗ってくれたら、これとこれを買うよ」


店の棚にあった二つの商品を指差す。

カルラは親指を立て、満面の笑みで肉屋を見た。


「いつでも来てくれ、俺とお前の中だろ!」

「調子がいいですね」


小さく溜め息を吐くシュラ。

椅子を持ってきて、湯飲みを片手に話を聞く。


「そもそも、原因は何だってんだ? しょうもない話だったら許さねぇぞ」


商品棚に頬杖を付いて、カルラがつまらなそうに尋ねると、肉屋は一人深刻そうに表情を暗く落とした。


「浮気だよ」

「何だ、自白かよ」

「誤解なんだよ! オレはただ道を教えてただけ。それを妻の友達が教えて、怒っているみたいなんだ」


肉屋が立ち上がると、勢いで椅子が後ろに倒れる。それだけで疲れたのか、息も絶え絶えに椅子に座り直した。

落ち着いたところでカルラが状況を整理する。


「となると、その友達が原因っつーことか。道を教えるだけで浮気とは、随分と世間は冷たくなったもんだ」

「ホントだよ。道を教えて、そのお礼にホテルに行っただけで浮気ってね」

「何だ、自白かよ」


疑念の混じる視線が肉屋に集まる。それに気が付いた肉屋は、

誤解の広まりを抑えようとするかのように、目を見開いて手をバタバタと振った。


「違うよ! ご飯奢ってもらったの! 厭らしいことなんてしてないって、カルラの口からも、そう言ってもらえないかな?」

「でもな、奥さんの怒る理由も分かるし、お前が紛らわしいことをしたのが悪いし」

「解決してくれたら、これも買うよ」


肉屋が言うと、調子よくカルラは満面の笑みで親指を突き立てる。


「お前が正しい、奥さん間違ってる!」


カルラの隣で会話を聞いていたシュラは、人差し指を唇に当て、率直な疑問を投げ掛けた。


「でも、どうやって解決するのですか? お肉屋さんから頼まれた私達の言葉では、信じて貰えないような気がしますが」

「大丈夫だ、丁度いいものがある。……これだ!」


得意気に腰ベルトから取り出したものは、棒状の部品に円柱の鉄塊がくっついたような構造の、ハンマーに見えるものを取り出した。


「ただの鎚に見えますね」

「というか、ただの鎚だよな」


カルラの作品には普通のものが少ない。しかし、これに限っては、その数少ない普通の品である。

にも関わらず、カルラは首を振って否定の意を表した。


「これは普通の鎚じゃない、硬く丈夫で破壊力のある鎚だ。これを奥さんの後頭部目掛けて殴ると、あら不思議! 記憶が無くなる!」


カルラの持論である。けして真似しないように。


「それじゃ記憶が無くなるとは限らないだろ!」


問題はそこじゃない。


「その時はもう一度、強く殴るといい。二度と喧嘩の起きない家庭が出来るぞ」

「家族が亡くなってるじゃないか!」


肉屋はようやく、相談する人間を誤ったことを悟り、重い体を立たせて言った。


「もういいよ、オレだけで何とかする」


のそのそと、気の重い足音を街道に響かせて、肉屋は自宅へと足を運ぶ。深く溜め息をついたその時、後ろで声が聞こえてきた。


「待って下さい」


小さな体を忙しなく動かし、シュラが肉屋に駆け寄った。すぐ目の前まで近寄ったとき、シュラは服の袖から白い腕を伸ばし、握られた拳を差し出す。


「これをどうぞ」

「これは?」


蒼く透明な、空のような色を持つ不格好なそれは、鳥の形を成していて、飛び立つ羽は風を捉えようと天を眺めている。


「私が作った、ガラス細工です。……ご存知ですか? 烏は必ず夫婦を作るそうです。苦労を掛けた時間の重さを知り、純粋な気持ちが伝えられますように、お守り代わりに受け取って下さい」


祈るように、重ねるように、口に出した想いを聞いて、肉屋はそのガラスを手に取った。


「……ありがとう、シュラちゃん。オレ、頑張るよ!」


自信の見えるその表情は前を見ていて、肉屋は迷うことなく家路を急いだ。

その影が薄れて、シュラが振り返ると、壁に寄りかかって聞いていたカルラが言った。


「いい作品だ。腕を上げたな」


その言葉に、シュラは驚いて目を丸くする。


「知っていたのですか?」

「在庫が減りゃ、嫌でも気づくさ」

「え、在庫確認していたのですか?」


さらに驚く声を出すと、不服そうにカルラは顔をしかめる。


「……お前は俺を何だと思ってんだ?」

「カルラさんですよ。私の師匠です」


優しく微笑むシュラを見て、カルラは鼻を鳴らして店の奥に入る。


「ふん、分かってんならいいさ。戻るぞ」

「はい!」


誰かの悩みを解決できたことに充足感を感じ、小さな幸せを二人は感じた。

結局、何一つ売れなかったことを除けば。

肉屋の主人(32)

趣味……食事

作者メモ……肉屋の人って、お肉好きなのかな? とりあえず太っているイメージはある。


町の肉屋……一般肉から魔獣肉まで取り扱う専門店。残った肉は主人が食べている。

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