1月15日曇り 『詐欺師1名』
「新しいのが入ったのですよ! ゲヒヒヒ」
俺の台詞を取るな。
とまあ、シュラと一緒に買い物に来たのだが、今日は見慣れない商人を見かけたのだ。
羽織にハチマキという、一人だけ祭りのような格好のその男は、夕暮れ時に集まった人だかりの中心で、風呂敷の上に商品を並べて売り物をしているようだ。
「誰でしょうか」
「旅商人ならいいんだが、ありゃ違いそうだ。どっか胡散臭ぇ」
「どこかというより、あからさまですがね。見ていきますか?」
「だな。あとで店に迷惑ごと持ってこられたら面倒だ」
夕飯の買い出しのためか、袋を手に下げた奥様方がごった返している。その集団を割るようにして、二人は商人のすぐ前に立つ。
彼が売っていたものは、大して作りの良くないアクセサリー類だ。削りが甘く、光沢液の塗りにも斑がある。
しかし、誰が何を売ろうと気にすることではない。カルラも録なものを売っていないのだから文句は言えないだろう。
問題なのはそこではなく、桁を付け間違えたとさえ思わせるほどに、奇妙に吊り上げられた値段だった。
「おいおい兄ちゃん、一つ5,000Gはいくらなんでも高すぎじゃねぇか? 今時、ガキのお年玉でもこんなにはやらねぇぞ」
無論、個人的な意見である。
こんな言葉にも慣れているのか、商人は接客業とは思えない、見るからに悪どい笑みを向けてきた。
「そんなことはありませんよ、ゲヒッ。王都一の宝石店で仕入れた最高の品ですからね。あ、でも、ブランド価格で少し高いかもですね! ゲヒヒヒ」
キャラ付けに失敗したような、下卑た笑い声が鼓膜を揺らす。もうちょっと他に無かったのだろうか。
カルラはその態度に不信感を覚えつつも、言葉の矛盾を指摘する。
「王都一? こんな粗悪品を売り付けるような店が、んな高尚な名前掲げねぇだろ。本当はどこだってんだ?」
「言いがかりはダメですよ。ボクのどの辺が怪しく見えますか? ゲヒヒヒヒヒヒヒ!」
どの辺というか、全部というか。カルラは遠回りな会話を諦め、男に言った。
「もういい、正直に言わねぇのなら、こっちにも考えがある。シュラ、警備隊を呼べ」
「ちょちょ、ちょっと待って欲しいでゲスよ」
キャラを固定しろ。
足にしがみついて離れない男を振りほどこうとカルラが足を振りかぶる。そのとき、優しいシュラが憐れみの声で、攻撃を止めに掛かる。
「カルラさん、少しはお話を聞いてあげなければ可哀想ですよ」
「おお! 優しいお子様でゲスなぁ」
あ。
「カルラさん、今すぐ呼んできますね」
シュラは男に微笑んで振り返る。
この男は運が良い。俺だったら燃やされているところだ。
状況の変化を理解した男は、またしてもカルラの足にすがり付いて懇願する。
「ちょちょちょ! 待つでゲスよ! 商品見てから呼んで欲しいでゲス!」
時間稼ぎだろうが、一応証拠は男の態度だけ。他にも揃えておいて損はないだろう。
カルラは諦めたように、深く息を吐いた。
「……はぉ、少しだけだぞ。と言っても、全部素人が作ったような安いアクセサリーだけだろ」
「そんなことはないですよ、ゲヒッ」
「お前の口癖統一したらどうだ?」
「癖ですから、ゲヒヒ」
男は並べられていた内の一つ、緑色の石で装飾されたイヤリングをつまみ上げると、自慢げに言う。
「ぼくの商品は全部付与魔法が施されているのです。凄いでしょう、見たことないでしょう?」
物に付ける付与魔法は貴重だ。しかし、カルラはつまらなそうに首を横に振る。
「いや、うちでは焼き菓子にも付いているから、珍しくも何ともねぇな」
「付ける意味が分かりませんがね」
呆れた様子でシュラが肯定すると、出鼻を挫かれた商人は、内面が染み出た顔を歪めて狼狽える。
「……え、そうなのですか? ま、まあ良いでゲス。うちには変わった付与魔法が使われているのですから。ゲヒッ」
「ほぉ、どんなもんだ?」
「これはハゲが治る付与」
「この辺でハゲ……居ないな。居るのは髪の毛のアクセサリーを被った奴だけだと、村長が言っていたな」
カルラの脳内には、ここ数年髪型が一切変わらない村長の顔、もとい頭が思い出される。
商人はそっとイヤリングを置く。
「どれだけ見栄っ張りな地域なのでゲスか? まだ、あるでゲスよ。これはイケメンになるアクセサリーでゲス!」
「なら、俺には必要ないな」
「え?」
即答であった。
「あぁ?」
「い、いえなんでも……。でも、貴重な品でしょう? おひとつ如何でゲスか?」
何としてでも買わせたい商人は、額に汗を昇らせ、首飾りを見せながら言う。
カルラは飽きたとばかりに頭を掻き、隣に居る弟子の方を見る。
「そうだなぁ。シュラ、どうだ?」
シュラは商品の一つを手に取ると、残念そうにかぶりを振った。
「これらの商品には、何の魔法も付いていませんね。真っ赤な偽物です。……こんなものを売るなんて、買った人が可哀想です!」
「あ、それは背が伸びるアクセサリーでゲス」
「買います!!」
舌の根も乾かぬ内にそう言うと、財布を取り出そうと動く。カルラはポケットに入れたシュラの腕につかみ掛かる。
「おーい、シュラ? そんなものに付与魔法なんて付いてないって、誰かさんが言ってたぞ。現実を見ろ、かわいそ過ぎて涙が出てくる」
「カルラさんには分かりませんよ。僅かにでもある可能性に賭ける人の気持ちなんて……」
今にも泣き出しそうな目で抵抗する。犯罪臭がする動きにカルラは焦らずにはいられない。
「その可能性はお前がついさっき無いと言っただろ。牛乳あげるから落ち着きなさい!」
15分間の格闘は、カルラが財布を奪うことによって決着した。疲れを全面に出しながら、カルラは尋ねる。
「さて、警備隊に捕まる前に言い残すことは?」
「もう、終わりでゲスか。……この辺りに、気前の言い商人が居るって噂を聞きまして、その人なら全部買ってくれるかなぁって……。ゲヒヒ」
確かに、あの馬鹿なら買いかねない。だが、奴が来ることはないだろう。
「ああ、居るな。だが、そいつは今、謎の爆発で大怪我を負って隣町で入院中だぞ」
「爆発って! 馬鹿にするのもいい加減にするでゲス!」
「嘘じゃねぇし。爆発なんてよくあることだろ!」
言い争っていると、誰かがカルラの肩を叩く。シュラではない。何故ならシュラは肩まで手が届かないから。
後ろを向いて、その姿を確認すると、警備隊の兵士がそこにいた。
「あの~、ここで犯罪行為が行われていると聞いたのですが……」
まだ読んでいないのだが、きっと奥様方が呼んだのだろうと思い、カルラが事情を説明しようと口を開くと、兵士がそれを遮った。
「ここで、お年玉のカツアゲをする男が居ると聞いたのですが……」
「……」
気がつけば、奥様方はカルラを睨んでいた。人相が悪い男と、横には涙する少女。
見ようによっては、というよりは師弟関係と見る方が難しい。
「君、ちょっと来てくれないかな?」
「え、いや俺じゃなくて!」
「いいから、ほら、行くよ!」
手錠をかけられたカルラは、交番へと護送される。家に帰ったのは、それから二時間後のこと。
戻る頃には、怪しい商人の姿はなかった。
商人(?)
趣味……お喋り
作者メモ……本当はいい人なのです