1月14日晴れ 『法師1名』
「新しいの、入ったぞー」
そう言った途端、酒で顔を赤くした、法衣姿の男が家屋部分へ足を上げていた。
「そうかいそうかい、それじゃあ、上がらにゃ失礼だよな~」
「あ、クソ坊主が何の用だ! 失せやがれ!」
ふらふらとした千鳥足を、カルラは肩を思い切り掴んで止める。しかし、まったく動じる様子もなく男は冗談を口にした。
「も~、そんなこと言ったらオジチャン泣いちゃうぞ」
「そうか泣かせて欲しいのか。今すぐ表に出やがれ」
「もうっ! カルラさん、喧嘩しないでください!」
騒々しい店のようすに気がついたシュラが、大きな声で叱りつける。俺は何もやっていないのだが、まあいつものことだ。
この見るからに僧侶らしからぬ僧侶の名はライ・ライオット。
この国で数少ない、得を積んだ僧侶らしいのだが、それを知ってからカルラは国の基準と、この坊主の言動を疑ってやまない。
カルラが叱られた様子を見て、ライは愉快そうに口を動かす。
「そうそう、シュラちゃんの言うとおりだ。喧嘩したら地獄に行くらしいからな。かははは」
「この酔っぱらいめ。てめぇこそ、閻魔大王に殴られそうな生活してんじゃねぇか。神様仏様に申し訳ないとは思わねぇのか?」
「はぁ……? 神様なんているわけないじゃん」
真面目な顔で、返す言葉に手で仰ぐ仕草をするライを、カルラは疑念を込めた目付きで尋ねた。
「あぁ? じゃあ、その格好は何なんだよ」
「これはあれだよ。この格好で茶碗持ってたら、何でか知らねぇが金を貰えるからだよ」
明らかな嘘にカルラは片手で法衣を掴んで持ち上げた。
「よーし、今すぐ警備隊に突きだして、おめぇを金に変えてやろう。そしたら神も喜ぶだろうしな」
「じ、冗談じゃねぇか……な?」
苦しそうなのに、まだ楽しそうに見えるのは流石と言うべきか。
きっと地獄に行ってもエンジョイ出来るだろう。そう思いながら締めていると、シュラがキュッと裾を引く。
「ダメですよ、カルラさん。手を離して上げてください」
「……チッ」
その場で手を開くと、鈍い音が床を鳴らす。わざとらしく弱ったふりをするライは、精一杯というような力のない笑みをシュラに見せる。
「ぷはぁ。あんがとな、シュラちゃん」
気を利かせたシュラが持ってきた水を、ライが一気に飲み干す。それを確認したシュラは率直な疑問を投げ掛ける。
「ところで、ライさんはどのような御用でいらっしゃったのですか? 確か前に会ったときは、布教活動のために遠くに行くと言っていましたよね?」
記憶は薄いが、というよりは今すぐにでも忘れたいのだが、前にコイツが来たときは店を荒らされて大変だった。その去り際に、そんなことを言っていたような気がする。
ライはポンと手を叩いて天井を仰ぎ見た。
「実は、薬が切れちまってな、補充のために戻ってきたんだ」
手を震わせて、深刻そうに言うとシュラが心配そうにするから止めて欲しいものだ。
カルラは病の処方箋、もとい原因について進言する。
「んなこったろうと思ったぜ。悪いが、うちに酒はねぇ」
「はぁ? ねぇことねぇだろ。オジチャン何のために戻って来たと思ってんだよ」
「知るかっ! だいたい、未成年が居るのに飲めるかってんだ」
開き直るライを責め立てると、シュラが抗議の視線を向けてくる。
「私はもう大人ですよ」
「この国は20から大人なの。17なんて、恋に恋して恋しくなるようなガキなんだよ」
シュラの故郷では16歳という青春を謳歌する年頃から成人とみなされるそうだ。まあ、国境越えたら常識も変わるものだ。
酒に恋い焦がれる坊主は、床に突っ伏して嘆く。
「何でもいいから、アルコールくれよぅ~。アルコールぅ~」
これはこれで面白いから放っておいてもいいが、店のこともあるから早めに片付けよう。
カルラは戸棚から小瓶を取り出すと、ライの前に置いた。
「ほらよ」
「おお、これは確かにアルコール! やっぱあんじゃねぇかよぅ~」
蓋を開け、画的に不味い顔でそう言うと立ち上がって、ラフに着崩した服を整える。いくら知り合いの家といっても、そこまで気楽になるのはどうかと思う。
用事の品を手に持って、ライは片手をしっかり持ち上げて店を出る。
「ほいじゃ、またな!」
ふらふらと、町人達と肩をぶつけながら、どこか遠くへと行くのだろう。
それを見送ったあと横を見ると、シュラが何か思い悩んだ様子で首を傾げている。
「あれ、お酒でしたっけ?」
「いや、アルコールだ。アルコールの、ランプの中身だ」
何でも良いって言ったから。
「純度の高いアルコールって、そのまま飲んだら大変なことになるのでは……?」
「さぁ、どうだったかねぇ」
惚けて濁して工房へと戻るカルラを、シュラは大きな声で叱りつけ付いていく。
近くで僧侶が不審者として捕まっていることなど、知る由もない。
ライ・ライオット(50)
趣味……賭け事
作者メモ……どこかの狸オヤジをそのまま参考にした人。割りとお気に入りだったりする
アルコールランプ……飲み物ではない