1月13日晴れ 『名探偵1名』
「新しいの、入ったぞー」
「……カルラさん、大変です」
朝、カルラの手から、ミルクの入ったカップを受けとるシュラは、表情を暗くして伏し目がちにそう言った。
いつも明るい笑顔のため、カルラは声を落として気にかける。
「どうしたシュラ、店でも燃やされたか?」
「それなら、ここはどこなのですか。……そうではなくて、泥棒に入られたようなのです」
それを聞いたカルラは大きく溜め息をついて、額に手を置き、天を仰ぐ素振りを見せる。
「またかよ。うちに盗るもんなんてねぇってのに、どうしてこうもまあ、盗みに入られるもんかね」
「そろそろ防犯を強化した方がいいかもしれません。最近、なにかと物騒ですし」
「防犯って、そんな道具はうちに……あるな」
「やっぱり、あるんですね……」
二人は視線を合わせ、飲み干したカップをテーブルに置いて、倉庫へと足を運んだ。
倉庫の奥は掃除が行き届いておらず、足を持ち上げる度に誇りが舞った。薄い記憶を頼りに、積み重ねられた気箱を手当たり次第に開けていく。
「昔作ったやつだから、大した強度はねぇが、気休め程度にはなるだろう」
「これは何ですか?」
シュラの手には、肉食動物の口のような造形をした、鉄の器具が抱えられていた。
それを一瞥したカルラは、箱を探りながら説明を始める。
「虎ばさみ改良型『竜ばさみ』。綴じると同時に、ワライガンセキから調合した火薬が大爆発して、ドラゴンも倒すことが出来る逸品だ。泥棒くらいなら、跡形も残らないぞ」
「お店も残りませんがね。というか、ドラゴン倒したのですか? 本当に? カルラさん、ドラゴンスレイヤーだったのですか?」
突然の衝撃に、シュラが驚きに頬を紅潮させるが、カルラは理解出来ていないらしく、黒目を丸くしている。
「何だそれ。そんなことより、次行くぞ」
「そんなこと……」
伝説的行いを軽く片付けられて落ち込むシュラの前に、乾燥した植物の葉の入った袋を差し出す。いくつかの種類があるようで、鮮やかな色合いをしていた。
「『鮫払い』っていう、お香だ」
得意気に言うカルラに、シュラは満足そうな笑みを見せる。
「あ、今度は使えそうですね。泥棒さんを追い払えそうです」
「泥棒も追い払えるが、基本は嗅覚を持つ生命体を追い払うものだ。作ったはいいが、使ったら町を封鎖される可能性があって―――」
「使えませんね」
説明を終えることなく言い切ると、カルラは不服そうに奥歯を噛んだ。
そして、シュラは心配そうに尋ねる。
「あの、もっと犯人に優しい罠はありませんか?」
「初めて聞く単語だな」
カルラは小さく笑う。
「もっと普通の罠があれば、使う予定はありませんでした」
「普通ねぇ。俺、個性大事にする人だから」
「はた迷惑な信条は捨ててください。安全なものを作ることが、そんなに難しいのですか?」
「ん~……おっ、これならどうだ? 命も奪わないし、外にも漏れない、要望通りの品だぞ」
目を細めて探った箱の中から出てきたのは、幾重にも巻かれたワイヤーだった。
いつの間にか着けていた手袋でそれを掴み、カルラはするすると線を伸ばしていく。
「『雷紫鉄線』と言って、電気を溜め込む性質を持つ金属を編みこんだ、鉄製の糸だ。これを張っておけば、触れた泥棒は痺れて動けなくなる」
「凄いですね! 早速使いましょう!」
「ああ、泥棒が入りそうな場所がいいな」
善は急げとばかりに、二人は作業に取りかかる。
窓の近くに、ワイヤーを掛けるための釘を鎚で叩いて刺していると、カルラは何かを思い出して口にする。
「そういやぁ、何が盗まれたんだ?」
質問に対して、シュラは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「私が大事に取っておいたプリンです。犯人はけして許しません」
「そうか。見つけたら、どうするつもりだ?」
「そうですね。火炙りの刑にでもしましょうかね」
フフフと魔女のように不敵な声を漏らすシュラを他所に、カルラは一人泥棒の身を案じていた。
―――……どうにかして、怒りを鎮めなければヤバイな。このままでは泥棒が危ない。
店の評判にも関わるし、シュラが牢屋に入る姿は見たくない。何より、犯人は俺だからヤバイ。
そんなことを考えていると、シュラが急に短く音を発した。
「あ、そういえば」
「……」
「この前から結界を張っているので、誰か入れば気づくようにしていたのでした」
「……」
「カルラさん、私、犯人、分かっちゃいました」
笑顔の少女の手には、赤々と燃え盛る炎の柱があり、火に慣れたカルラにも熱いと思わせるほどの熱量を持っている。目の端に溜まった水滴も、すぐに乾くほど。
その日、レトロ工房は主の叫びと共に、臨時休業が決定した。
カルラ・ピースメーカー(21)
趣味……鍛冶仕事
作者メモ……わりと強い設定なのですが、戦闘シーンは未定です。
シュラ・トンプソン(17)
趣味……編み物
作者メモ……種族的に、杖を使わなくても魔法は使えます。だからヤベェ、とカルラは言う。