1月12日雨 『貴族1名』
「新しいの、入ったぞ」
「そうか。なら、この華麗なる我が作るものを見てやろう」
雨空の下、傘も刺さずに豪華な衣服を濡らす青年を前に、カルラはどうしたものかと反応に迷う。
無視するか、追い返すか、さてどちらを選択するべきか。
「下らないこと考えてないで、早く声をかけてください」
「シュラちゃん、人の頭を読んではいけませんよ。はしたない」
苦々しく頬をひきつらせるカルラに、シュラは溜め息まじりに返す。
「それなら、毎日同じようなことを言ってごねないで下さい。そんなことより、あのお客さんはどうしたのですか?」
「客? どこからどう見ても不審者だろうが。客は店の前でパフォーマンスしたりせずに黙ってレジに商品持っていくもんだ」
「ふん、失礼な奴だな。我はかの有名なヨルゲンセン家の次男、メーティス・クラッグ・ヨルゲンセンだぞ。知らないとは言わせない!」
突然の自己紹介に、ポカンとする二人。
「え、誰だ? 悪いけど、俺はクラスメートの名前も忘れるからな」
「……し、知らないのか? 嘘を付くな! 我はこの土地の領主だぞ!」
「領主? シュラ、聞いたことあるか?」
「いえ、私はここに来て日が浅いものですから。というか、カルラさんは知っていてくださいよ」
幼い姿の少女が首を横に振る仕草を見て、わなわなと膝を曲げて落ち込み、雨に濡れた髪を垂らす。
「そん……な……、我ほどの高貴で尊大で外見的にも経済的にも将来有望な最高の人間が、こんなゴミみたいな一般人にも知られていないとは」
「誰がゴミだ、その綺麗な顔面潰されてぇのか?」
同じくメーティスの言葉に腹を立てたシュラは、勇ましくカルラの前に立ち、口尖らせて抗議の言葉を唱える。
「確かに、カルラさんは怠惰で、学が無くて、綺麗な女の人に厭らしい目を向けるような、ダメな方ではありますが」
「おいっ」
「ゴミではないかもしれません!」
「そこまで言ったら断定して! ダメ人間でも涙は出るんだからな!」
メーティスは膝に手を付き立ち上がり、一変してしおらしい態度でこう言った。
「愚民よ、我は間違っていた」
「そうだな、分かればいいんだよ」
「もう帰るから、馬車と傘をくれ」
「……一瞬でも期待した時間を返せ、クソ貴族がっ」
そこに豪華な3台の馬車が通りを走って向かってくるのが見えた。
途端に、メーティスは表情を明るくして、その馬車に駆け寄る。
「おーい! こっちだ! 我はここ―――ゴッフォッ!」
そりゃ走行中の馬車に駆け寄ればそうなるよな。
扉を開けて出て来た人達が、ピクリとも動かないメーティスを担架に乗せて、馬車の中に担ぎ込む。
その内の、燕尾服を来た紳士がカルラに頭を下げる。
「わたくし、ヨルゲンセン家の執事をしている者でございます。この度は、坊っちゃんがご迷惑をかけたようで、申し訳ありません」
「そうだな。二度と来ないように伝えてくれ」
「畏まりました。あと、迷子の坊っちゃんを無事に保護して下さり、ありがとうございます」
「まあ、今は死にかけているがな。大丈夫か、あれ?」
「あれくらいは、かすり傷でございます」
「いや、まったく動かないのはかすり傷とは言わねぇだろ。もしかしたら死ん―――」
「かすり傷で、ございます。また、治療の際に人が変わるかもしれませんが、気になさらぬように、レトロ工房のカルラさん」
そう言って微笑む執事は、金貨を1枚手渡すと、メーティスの居る馬車に乗り込んでいった。
走り出した馬車は雨露を弾きながら進む。
握られた金貨はやけに重く、ポケットに入れるのも躊躇われる。
「どうして、こんな面倒な奴がうちに来たんだ?」
「……日頃の行い、でしょうかね」
「神もここまでやれとは思ってねぇだろうがな」
雨音はまだ遠い。
メーティス・クラッグ・ヨルゲンセン(16)
好きな食べ物……肉料理
備考……気になる物が見えたから飛び降りた。そしたら迷子になった。
執事(65)
好きな食べ物……リゾット
備考……主から、内緒で幾分かお金を貰っている。それを使うときだけ笑顔になる。




