1月11日曇り 『料理人1名』
「新しいの、入ったぞー」
その声を聞いた客が、鬼のような形相でこちらを睨む。
カルラよりも一回り長身な男は、それだけで畏怖する人相を想像させる、地鳴りのような声を響かせた。
「……包丁をもらおうか?」
様々な客を目の当たりにしてきたカルラは、ふっと鼻を鳴らし、軽く笑みを浮かべて答える。
「断る」
「断らないで下さい!」
危険人物からの凶器の要求を跳ね退けようとするカルラを、シュラは小さな体を弾ませながら注意した。
面倒な客を嫌がるカルラは、方眉を下げて不満を表す。
「だって、怖いじゃん。あの顔は、人とか殺る顔だよ。そんなヤツに俺の武器を持たせたら、店が爆破されかねないじゃん」
「……それは『包丁』の話ですよね?」
「ん、当たり前だろ? いきなり別の話をするはずがないだろ」
「私の知っている包丁は爆発しないはずなのですがね」
何かを諦めたように首を振るシュラは、冷たく尖らせた目に笑みを戻して、腕をくんだまま何も言わずに立ち尽くす男を見た。
「いくつかお持ちしますので、少々お待ち下さい」
そう言って店の倉庫まで走り出すシュラの背中に、カルラは店主らしく注意の声をぶつける。
「おい、勝手に決めるなよ。ここは俺の店で、お前は弟子なんだ。俺の決定には―――」
「カルラさん、先月の収益を覚えていますか?」
「………」
返す言葉が塞き止められ、シュラは髪を大きく振り乱したながら、店の奥へと消えていく。
―――……弟子の自主性を促すのも、師匠の役目だと思うんだよ、マジで。
しばらく待つと、木箱一杯に包丁"らしき"ものを入れて抱えるシュラが戻ってくる。そして、客の足元にどっかりと置いた。
背が足りないから、近くの棚に置けなかったことには触れないでおこう。
想像以上の品数に膝に手を付いて深く呼吸するシュラの後ろから、カルラは木箱の中身を確認した。
「うちに、こんなに包丁あったか? いつの間に作ったんだ、俺?」
「一応店主なんですから、商品くらい把握してください! ……それでどれが普通の包丁ですか?」
疑念に満ちた視線を横顔に受けて、カルラは一歩前に進んで体勢を低く中身を探りだした。
がしゃがしゃと探り、選んで男に見せる。
「これなんてどうだ? よく切れるぞ」
「カルラさんの"よく切れる"はあてになりませんけどね。ちなみに、どれくらい切れるのですか?」
「まな板まで、スッパリだ。スゲーだろ!」
「まな板を使う料理がなければ、ですがね。不良品じゃないですか」
男は鞘から包丁を抜くと、どこから出したのか林檎の皮を剥きだす。そして、一変も表情を動かすことなく呟く。
「貰おう」
「え……? 良いのですか?」
「切りたくないものを切らなければ、問題はない。鍛冶屋のダンナ、次だ」
くいっと首を動かして、同胞を見つけたように喜ぶカルラに選別を促す。鼻唄混じりに、作った包丁を山から探す。
「火炎包丁『不知火』。凍結包丁『白夜』。落雷包丁『竜鳴』。どれも威力だけは保証するぜ」
「それ、本当に包丁ですか? 買うわけないじゃ―――」
「ぜんぶ貰おう」
「へっ!?」
男はその後もカルラの選ぶ包丁を買い、とうとう箱が空になったところで財布の紐をほどいた。
「いくらだ?」
「えと、500,000Gです」
算盤を叩いて出した数字に戸惑いを見せるシュラに、男は金貨の入った財布をまるごと渡す。
「これでいいか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
金貨の数を確認したシュラは、満面の笑みで答える。
大金をすぐに出せる、あんな大人になりたかったな。俺でも包丁ならすぐに……いや、悲鳴しか聞こえないだろう。
包丁の入った木箱を片手で持ち上げる男に、シュラは思い出したように尋ねる。
「そういえば、お客さんはどのようなお仕事を?」
「パティシエだ」
お菓子とかを作るあれだろう、似合わない。外見的にはカラメルソースとかを作るよりは、人に絡みそうな感じだから。
聞き慣れない言葉にシュラが首を傾げると、自分の荷物の中から包みを取りだし、それを小さな手に押し込めるように渡す。
きょとんとしているシュラとカルラに、熊でも殺しそうな目で男は言った。
「俺はプレタ・アブトマット。今度……ケーキ屋さんを作るから……そのうち来い」
男は照れくさそうに、足早にその場を去っていく。
木枯らしが吹く通りを見送り、シュラは包みを楽しげに見つめる。
「随分と、変わった方でしたね」
「そうだな。萌え要素のあるオッサンは初めてだ。ま、金を貰ったからその辺は許すとしようかね。で、それは何だ?」
「……何でしょう」
包みの中身はイチゴの乗ったショートケーキだった。少し甘すぎるそれは、オッサンが作ったと思うと苦くて丁度いい。
プレタ・アブトマット(40)
好きな食べ物……甘いもの
備考……外見は怖いが、内面は照れ屋。しかし、オッサンに萌え要素はいらない。