4月10日曇り 『姫1名』
「新しいの、入ったぞー」
雲行きが怪しい午後のひととき、店の前には金髪をクルクルと巻いた、ドレス姿の幼女が立っていた。
見るからに面倒くさそうな外見のその子供はカルラの存在に気がつくと、フリルにまみれたスカートを揺らし、柔らかそうな指先を向けてくる。
「アナタ、私に話し掛けることを許可するわ」
「……」
予想していたよりも意味が分からない反応に、無言で返し、そっと後ろを振り向き、帳簿を片手に立っていたシュラの耳元で、カルラは相談を始めた。
「シュラ、何だあのクソ生意気なガキは? お前の友達か?」
「……カルラさん、もし本当に私の友達だとしたら、失礼過ぎますよね?」
呆れた様子のシュラ。そんなとき再び、同じように、幼女の声が聞こえてきた。
「私に話し掛けることを許可するわ」
その言葉を向けられているのは、飴玉を咥えたニコだった。
ニコは無表情のまま、足元で騒ぐ幼女を指差して、カルラ達に顔を向ける。
「カルラ、生意気な子供がいる。友達……じゃないか」
「ニコ、そういうのは本当に傷付くから止めなさい」
その言い方だと、友達が居るはずが無いみたいだから。
二度目の無視が堪えたのか、幼女は地団駄を踏んで、小さな体を大きく動かす。
「アナタ達っ! 私を無視するなんて、どういうことっ!? 許さないんだからね!」
喚き始めてしまった。
このままでは、商売に響きそうだし、訳ありのようだから、話だけでも聞いてやろう。
そう思って、カルラは幼女に視線を向けた。
「仕方ねぇな、聞いてやるよ。何の用だ?」
「薄汚い男は黙ってらっしゃい!」
ゆっくりとカルラは拳を持ち上げる。
「シュラ、クソガキを殴ってはいけない法律って有ったっけ?」
「カルラさん、大人子供関係なく、暴力をしてはいけませんよ」
それを見て、今度はニコが幼女に向かって話し掛ける。
「ねぇ何の用?」
自分の思い通りになったのが嬉しいのか、幼女は胸に手を当て、偉そうに自己紹介を始めた。
「答えてあげる。私は、この辺りにある国のお姫様でヘデラ・レーン・ヤティマティというの。アナタ達にお城まで、私を送らせてあげてもいいわ」
「何だ、迷子か。どうして、この街は迷う奴が多いんだ?」
「不思議な魔力でもあるのかもしれません」
カルラとシュラの小さな声が聞こえて、ヘデラは顔をしかめて怒鳴る。
「五月蝿いのよ!」
そして、落ち着きを取り戻してニコに尋ねた。分かりきった笑みを浮かべながら。
「それで、どうするの?」
「……ダメ。ニコ達にはお仕事あるから」
ニコは断った。その言葉を信じられなかったのか、ヘデラは聞かなかったことにして、意見が変わると思って口を動かす。
「本気で言っているとしたら、馬鹿よね。今なら答えを変えることを許すわ」
しかし、ニコは即座に首を横に振った。
ニコを釣ることは出来ない。甘党スナイパーは、権力に甘くなれるほど賢くはないのだから。
「変えない。ニコはお仕事するって約束した。友達との約束は守るもの」
「お金なのね? それ相応の報酬は用意してあげるわ。それでも足りないなら、雇ってあげてもいいのよ?」
「いらない。お金もお菓子も、友達が居ないと意味無いから」
徐々に必死な説得を始めるヘデラの言葉を、全て一蹴するニコ。
「お姫様のお願い、友達と一緒の時間を分けるに値しない」
厳しい物言いに、ヘデラは涙を流し始めた。姫を演じていたよりも彼女らしく、自然なその態度からは、威厳の欠片も見当たらない。
「うっ……うぅ……何よ何よ……っ! 友達なんてっ、いつか居なくなるじゃない。いつもいつも一緒に居てくれるわけじゃないでしょ……。いつか消えてしまうのに、寂しくなるのに、友達なんて……いらないじゃない……っ!」
消えてしまうから、その前に捨ててしまう。自分の意思で変えることが出来ないのならば、決心がついたときに捨てるか、つかなくても持たなければいいのだ。
しかし、それは誰が見ても、疲れる行為だろう。
ニコは、そっと首を横に振った。
「居なくなって、泣いて終わる最後より、楽しかったって、笑って送れる方が嬉しいよ。死んだ人は笑わない、生きている内しか笑えない。だから、そうして貰えるように、友達は大事にしたいの。大事に、してもらいたいの」
ニコは騎士として、人の命を奪ってきた。だからこそ、その意味を知っている。
ゆっくりとした動作で瞼を閉じて、持ち上げて、ニコはヘデラの姿を瞳に写す。
「ヘデラも、友達になる? ニコと一緒に笑ってくれる?」
その言葉に、ヘデラは驚きの表情を浮かべる。
「……いいの? 私と?」
「ヘデラがいいの」
差し伸べられた手。
ヘデラは戸惑いながら、そっと握った。
「お友達に、なって下さい……」
温かい感触を確かめるように、時間をおいてから、ニコはカルラの方を向いた。
「カルラ、お友達に頼まれた。お休み頂戴」
「いつも休日みたいなくせにな」
呟いてから、ニコの目を見てカルラは言う。
「行ってこい。友達の頼みなら、仕方ない」
「うん……」
嬉しそうに、唇には笑みを浮かべていた。
ニコがヘデラを連れて行くと、シュラはカルラの顔を見て、笑みを溢した。
「お友達って、素晴らしいですよね!」
「そうかねぇ。ロクなの居ねーからなぁ」
種類はあれど、迷惑な連中ばかりが集まっている。何かの呪いとしか思えない。
「いつか、笑えると良いですね」
そう思える日が来るといいのだが。
ヘデラ・レーン・ヤティマティ(8)
特技……ピアノ、バイオリン
備考……王宮に来た荷馬車に乗り込んでいたら、眠り込んでしまい、起きたときには鍛冶屋のある街に居た。
幼女に悪い子はいないからね!
モデルは零から始まる金髪幼女。