4月7日曇り 『大工1名』
「新しいの、入ったぞー」
「失礼する」
呼び掛けに、間髪入れずに反応したのは、ヘルメットに袖無しの薄着を着ている女だった。短く黒い髪の毛と足袋、所々に付いた土を見る限り、外仕事をしているのだろう。
「鉋を買いたいのだが、見せてもらっても宜しいだろうか」
「駄目だ」
女の願いに、カルラは首を横に降った。
その態度に、帳簿をつけていたシュラは眉を歪めて抗議した。
「カルラさん、意地悪はいけません。売らないとお金が入らないのですから」
「いや、そうじゃなくて」
いつものように怠惰な言い訳を口にせず、カルラは簡潔に言った。
「うちに鉋はない」
「へ?」
意外な発言にシュラは妙な声を出す。
「冗談ですよね?」
「本当にない。だって作ってないからな」
「そんなっ……」
明らかに戸惑い、口に手を当てて、天変地異でも見掛けたかのようにシュラは震えだした。
「鍛冶屋に必要なのかも分からない品を、何故か毎日作り続けてしまうカルラさんが、大工さんの道具を作っていないなんて……!」
「誰だ? その穀潰しは」
「カルラさんですよっ!」
その会話を聞いていた女は、頭をかいて困ったような笑みを浮かべている。
「無いとは困ったな。ここに来れば、大抵のものは何でも揃うと聞いていたのだが」
「ええ、あるのです。大抵は……」
おかしな物も存在するが、噂に違わぬ品揃えであることは明白だ。
それらを作ったカルラは、ただ面倒くさそうに欠伸をしている。
「ほとんど木材だから作らなかっただけだ」
「焼き菓子まであるのに……」
「スイーツ男子がモテるって聞いたから」
「理由が不純ですっ!」
どちらにせよ、流行りはすぐに終わったから結果はでなかったけれど。
シュラが心配していることだし、そろそろ商談に移ろうと、カルラは女の方を見る。
「ま、注文を受けたら作るが、どうする?」
「そうだな。先輩方にも休みは頂いたことだし、そうして貰えると助かる」
「決まりだな」
成立である。
注文書を書いているとき、女の姿を見ながらカルラは呟く。
「それにしても、女大工か」
「珍しいか?」
「ま、多くはないな」
「そうかもしれない」
うんうんと頷く姿は満足げで、どこか誇らしげだった。
「かくいう私も、本当は花屋さんになりたかったのだ」
「え、それではどうして大工さんになられたのですか?」
シュラが世間話に入ると、女は目を輝かせて叫び出す。
「だって、薄着で汗水垂らしながら日差しを浴びる女はエロいじゃないかっ!?」
「え、えええ……」
呼吸を荒く、必死になって言うその女に、シュラはたじろいで後ずさる。
カルラは腕を組んで、強くうなずいた。
「全面的に同意だ」
「そうだろう、そうだろう。あ、お兄さん、私の十二番目の愛人にならないか?」
「ダメです!」
不満そうに見る視線が二つ、シュラに向けられる。
「ダメです! ダメったらダメです!」
ま、どちらにせよ行かないが。
シュラの頭に手を乗せてカルラは笑う。
「そういうわけだ。俺はこいつの面倒見なけりゃいけないから、ダメらしい」
ふむと女は笑うだけ。
「そうか、それは残念」
そして、シュラの方を向いて尋ねる。
「君はどうだ? 愛人にならないか?」
「ふぇ!?」
「私には、年齢も性別も種族も次元も関係ないぞ!」
「だ、ダメ、です……」
シュラの許容量を振り切ったようだ。
大工の女(20)
好物……苺
備考……恋人を作るために男だらけの世界に入るが、恋よりも愛の方が上ではないかと悟る。
モデルは、物語るBL女子。