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カジヤノキヤクビト  作者: No.
工房日誌 2017.1~
10/411

1月8日晴れ 『旅人1匹』

「新しいの、入ったぞー」

「ほう……。見せて頂こうか」


通りがかった和装に身を包み、腰にエモノを刺した、尋常ではない剣士らしき男が立ち止まってそう言った。

立ち振舞いは毅然としていて、見るからに誰かに遣えていて当然というような、教育された礼法を備えている。

しかし、尋常でない部分はそんなことではなく、もっと根本的な部分であり、というよりはどちらかというと、常識的な部分であった。


「ああ、自己紹介が遅れた。某は、ミタマ・オオトラと申す」


向けられた好感の持てる笑みは人間のものではなく、突き出た口と尖った耳、それらを覆うように毛を生やす犬の顔だった。


「犬人族の方ですね。初めまして、シュラと言います!」


シュラは工房から顔を出すと、興味ありげに目を輝かせた。カルラは見慣れない存在に眉をひそめ、近寄ってきたシュラの小さな声で尋ねた。


「あれ、犬だよな。なんで、二足歩行しているんだ? もしかして、最近の犬はあんなことも出来るのか? こえーよ、犬に負けそうだよ。品性ありすぎるだろ……」


取り乱すカルラに、シュラは口尖らせて注意する。


「カルラさん、失礼ですよ。犬人族は遠い東の国に住む種族で、忠義を重んじる優しい方々ですよ」

「いや、構わん。そのような態度には、もう慣れている。この土地では、亜人の姿を見かけないからな。驚くのも無理はない」


……なにこのイケメン。

カルラは人知れず敗北感に打ちのめされていると、ミタマは商品を見定めている。


「どれも良い品だ」

「カルラさんは、素晴らしい名工なのです。そして、これが本日作られた品物ですよ」

「これは……どういった物だ?」


渡された円柱状の入れ物を手に取り、大きな黒目を丸くしている。ちらちらと向けられるシュラの視線に気付き、カルラは口を開いた。


「そりゃ水筒だ」

「水筒? しかし、重くて、懐に入らない。これでは使い勝手が悪いのではないか?」

「もう少し改良する予定だが、それは三重構造になってんだ。表層は鉄、次に風魔合金、空洞を挟んで鋼の入れ物を備えている。空洞部分を真空にして、温度の放出を抑えている」

「要するに熱を通さず、逃がさず、ということか?」

「そうだな。中に今朝沸騰させた湯を入れてある。貸してみろ」


ミタマの手から容器を取ると、蓋を回して開け、ミタマに返す。湯気の出る熱い液体を見て、頭の上の耳がピンと立つ。


「これは凄い。長い旅路には持って来いの品だ。頂こう」

「毎度あり」


出された金を受け取り、シュラに渡した。金庫に金を仕舞い終わるまでの間、カルラはミタマに疑問を投げ掛ける。


「お前は、何のために旅をしているんだ? 散歩にしたら、距離があり過ぎんだろ」

「……某は主と呼べる者を探して、旅をしている。自国では見つけられなかったため、海を渡り、山を越え、そして、貴殿らに会ったのだ」


一瞬、遠い目をしてから、カルラを見据える。


「カルラ殿も、来るか? 離れた土地に行けば、きっと貴殿の作品は広まるぞ」


そう言われて、国を巡り、あらゆる文化の道具を見て、気ままに鉄を打つ自分の菅を想像する。しかし、見慣れた町の風景が視界に入り、カルラは首を横に振った。


「いいや、俺にはここがお似合いさ。当分、離れる気はねぇ」

「それは残念。貴殿の道具があれば、旅も愉快になると思ったのだがな」


可笑しそうに言う声が、次には落ち着いて語りかける。


「思い残したことでも?」

「そんなんじゃねぇよ。……ただ、まだ何も残せてないだけだ」


帳簿を閉じて、笑顔で近寄ってくるシュラを眺めながら、カルラは囁くような小さな声でそう言った。

ミタマは目を細め、小さく笑う。


「シュラ殿、随分と愛されておりますな」

「ふぇっ!? えぇっ!?」


戸惑い、すぐ横でバタバタと手を振っている。


目の前の世界でも手を焼いているうちは、旅なんて出来ないだろうな。


午後の風が、まだ冷え冷えと身を殴る。

ミタマ・オオトラ(35)

好きな食べ物……ココア

備考……ここいらで、何でも切れる悪党がいるらしい。手合わせ願いたいものだ

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