箱入り娘(物理)は輸送中
こんにちは、カルカナ王国第一皇女リーファ・カルレアンと申します。
ただいま箱に入れられてゆらゆらと揺られながら雪山を上っている真っ最中でございます。
さらに言えば行き先は隣国のギルヴァーン王国の王城になります。
リーファ・カルレアンはただいま隣国への貢物として輸送中にございます。
王城に到着するまで、小さな箱の中はとてつもなく暇なので、しばし昔語りでもいたしましょう。
私はいまから18年前、カルカナ王国第一皇女として二度目の生を受けました。
ええ、二度目でございます。私は小説や漫画の中でしか見たことのない輪廻転生なるものをこの身をもって体験したのです。
リーファ・カルレアンになる前、私は加辺里香という平々凡々な女子大生にございました。のんべんだらりと日々を送っていたせいで進路もなあなあ、大した志もなく本が好きだからという理由だけで文学部を専攻しそれなりな大学生活を送っていました。
しかし私は出会ってしまったのです。皆さまも一度は聞いたことがあるかと存じます。
そう、転生トラックにございます。
正式名称は存じ上げませんが、私はそれをそう呼んでおりました。
今日も元気に日本のどこかを走行し、躊躇いなく、もしくは景気よくブレーキ音を鳴り響かせながら人を跳ね飛ばすアレでございます。跳ね飛ばされた人間は異世界に飛ばされたり、神様の元へ行って様々なオプションを付けてもらい異世界無双したり、そのまま死んで異世界に転生させるのです。問答無用。傍若無人。それが転生トラックにございます。
私は生前それはそれは雑食な読書家でございました。
古典から英文学、絵本からライトノベル、辞書に至るまで活字を皆平等に愛しておりました。
私はライトノベルやネット小説にて転生トラックの存在を知りました。
大変便利な存在です。
一人で事故に合わせてもよし、犬猫を助けて跳ねられるのもよし、子供を助けて跳ねられるのもよし。それなりに悲劇的で、なおかつ身体は死んだだの云々で強制的に異世界にログインさせることができるのでございます。
平々凡々な私はその転生トラックにはねられてみたいと思った時期もございました。あまりにもつまらない現実からの逃避のためでございましょう。しかしながら今の私はメリケンサックを右手に嵌め助走を付けて昔の私を殴り飛ばしたいのでございます。
はねられてみたいと夢想したこともありました。しかしながら本気で願ったわけではありません。
私の通っている大学は田舎にございました。
あの日私は1時間に一本だけ来るバスを雨の中待っていたのでございます。
夜で他に客はおらず私はバスが来るのを待っておりました。木から落ちる雨水が傘を打ちます。幼いころに見た某国民的アニメーションのワンシーンを思い出しておりました。
映画通りならバスを待っていると黄色い明かりが見えます。黄色い明かりが勢いよく近づいてきてふわふわな猫さんチックなバスに乗り込むのです。
そう、こんな黄色い明かりでした。
轟々と音を立てて近づいてきます。
しかしながらそれはバスに非ず。ましてふわもこな猫さんチックなバスにも非ず。
そう、トラックにございました。
なぜこんな田舎で狭い道をあんな大きなトラックは走っているのか、そう考える間もなくぐんぐんトラックは近づきます。
普通なら通り過ぎるだろうと思うのに、私は明確な身の危険を感じました。
トラックはスピードを落としません。何故か少しそれたところにあるバス停、すなわち私の方へ向かってくるのです。ええ、完全にホラーにございました。
「えっ、いや、ちがっ……なんでこっちに……!」
慌てて傘を投げ捨て走り出すも時すでに遅し。
私は衝撃と共に空へ跳ね上がりました。
そして気が付いたときには赤ん坊、リーファとなっていたのです。
神様のワンクッションを置かない転生でございました。
最初私は転生トラックをそれはそれは恨み申し上げました。
誰だって思うでしょう。一度くらい現実から逃れたいと。しかし本心からそう思っていてなおかつ転生トラックを迎合するのはほんの一握りだけです。
けれど死んだような目をしていた赤子を、父も母も愛してくれました。5つ年上の兄も大変可愛がってくれました。
元の日本に帰りたいと思っていましたが、自然今の現実を受け止めリーファ・カルレアンとして生きていくこととなったのです。
私の生まれたカルカナ王国は大陸の端にある小さな国でした。領地は小さく領民も少ない。お世辞にも豊かな国とは言えません。それでも皆つつましく暮らしておりました。
細々と、しかし温かい暮らしを崩したのは大陸に進行してきた魔族でした。
魔族は人間と違い大きな力を持っています。地を割るほどの怪力の他にも見目もたいへん恐ろしく、大陸にすむ者皆震え上がらせました。
困ってしまったのが何を隠そう、清貧なカルカナ王国です。
小さな王国、大した戦力も持っておらず、平和に暮らしていたせいで農民たちも戦いなどしたこともない。今でこそ、魔族からの侵攻がないもののいつ攻められてもおかしくなく、もしそうなればひとたまりもない。国民の誰もがわかっていました。
もちろん、隣国に助けを求めたり協力を仰ぎもしましたが、カルカナ王国は豊かな土地ではなく、領民も少ない。他国とて魔族侵攻に関して余裕があるわけでもない。カルカナ王国を助ける旨みがないのです。
小さな王国カルカナ王国は孤立無援でした。
絶望に打ちひしがれる中、一本の光が差しました。
それがギルヴァーン王国でございます。
ギルヴァーン王国はカルカナ王国から北に位置する雪に閉ざされた国にございます。多大な武力をもつ武装国家です。その強さは大陸随一とも言われますが、それゆえに他国からはたいへん恐れられておりました。
そんなギルヴァーン王国が同盟をカルカナ王国に持ち掛けたのです。
もしギルヴァーン王国が味方に付いてくれればさぞ心強いでしょう。
もちろん、条件はありました。圧倒的にギルヴァーン王国は格上なのですから当然のことでもあります。
条件はカルカナ王国皇女の嫁入りでした。
よくある話にございます。政略結婚などこの世界では一般的で、王家に生まれたからにはいずれ私もそうなると思っていたので、ついにこの時がきた、と思っておりました。小娘一人の輿入れで国が救われるのなら安いものです。
しかしカルカナ王国は難色を示しました。
それはギルヴァーン王国が獣人で構成されるためでした。
獣人は人間よりはるかに身体能力が高く、好戦的。そんな野蛮な国に娘を嫁がせるなど……、とたいへん渋りました。国民も無理していく必要はないと、いざとなれば国民一丸となって魔族と戦う、獣人の助けはいらないとまで言っていただきました。
明確な差別はありません。しかしみな彼らを恐れていました。
私は、私一つの命で救われるなら、とギルヴァーンに嫁ぐことを了承しました。
生まれてからなかなか現実を受け止められず死んだように生きていた私を愛し育ててくれた家族の恩に報いるため、私のことを案じてくれる心優しき国民のために。
そう言って私、リーファ・カルレアンは滂沱に見送られ旅立ちました。
しかしながらその実、私は割かし乗る気だったのです。
私は生まれてこの方獣人を見たことがありません。ゆえにどうしても気になることがあったのでございます。
どこまで獣なのか、と。
生前私は数度漫画やアニメを見て思ったのです。
人間の姿をしているのに頭の上に生える一対の獣の耳、いわゆるケモミミ。
私は愕然といたしました。
頭蓋骨の形は果たしてどうなっているのか。鼓膜は4つあるのか。なぜ4つも必要なのか。
ぎりぎり人間の耳の位置にケモミミがあるなら許せます。しかし頭上の耳はギルティにございます。骨格が気になって内容に集中できません。
逆に好みの物もございました。
ほとんど二足歩行の獣、と言った風貌。二足歩行、時に四足歩行、人語を介す、ほとんど毛におおわれている、顔は人間に近すぎず表情が動く以外獣、ムキムキ。
重要なのはモフモフムキムキ。この二点でございます。
私は獣人なるものが気になってしょうがないのでございます。美しい建前を用意したただの好奇心でございます。
もちろん、もし国民のおっしゃるように野蛮な方々であれば、私は食べられてしまうかもしれません。もちろん、物理的な意味で。
特に一応私は王に嫁ぐことになっているので、当然王は肉食獣系なのでしょう。
勝手な想像でしかありませんが王というからにはライオン、虎、狼、熊、そんなところなのでしょう。それこそ気に入られなければ頭からバリバリ、もしくはペロリと丸のみでしょう。
好奇心と恐ろしさに胸をいっぱいにさせ、ゆらゆらと揺れる箱の中でただただその時を待っているのです。
まだ見ぬ獣人の王様はどのような方なのでしょう。
4つ耳があるときやほとんど人間であった場合、落胆を隠していられるかしら。
ゆらり、ゆらり箱は揺れます。私の身体に合わせた小さな箱は体温の所為か仄かに温かく、いつの間にかまどろみ、そしてすっかり熟睡してしまいました。
熟睡してしまった私リーファ・カルレアンが目覚めたのは王城の謁見の間、獣人の王であるガオラン・ギルヴァーン様が箱のふたを開けた直後でございました。
目を開けると目の前に理想の獣人様。モフモフムキムキな狼の獣人。
「モフムキ……、」
それだけ呟いて気絶するほど好みどストライクな素敵な殿方でございました。
この後顔を見ただけで気絶されたと王様がかなりへこんでいたことも、慣れるためにとまず交換日記から清らかな交際が始まることも、箱の中で気絶する私はまだ知りませんでした。
読了ありがとうございます!!
ノリと勢いの産物でした。
転生トラックと令嬢系書きたいなあと思った突発短編です。
もしかしたら続きを書いたり改訂するかもしれません。